第12回:マドリード、映画あれこれ その1
2014年02月21日
【written by 浅野藤子(あさの・ふじこ)】山形県山形市出身。高校3年時にカナダへ、大学時にアメリカへ留学。帰国後は、山形国際ドキュメンタリー映画祭や東京国際映画祭で約13年にわたり事務局スタッフとして活動する。ドキュメンタリー映画や日本映画の作品選考・上映に多く携わる。大学留学時代に出会ったスペイン語を続けたいという思いとスペイン映画をより深く知りたいという思いから、2011年1月から7月までスペイン・マドリード市に滞在した。現在は、古巣である国際交流団体に所属し、被災地の子供たちや高校生・大学生の留学をサポートしている。【最近の私】ペドロ・アルモドバル最新作「Los amantes pasajero(アイアム・ソー・エキサイテッド)」をようやく観る。彼の作品を追いかけていた私にはちょっと物足りなかったけど、それでもアルモドバルが好き!
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■スペイン留学の理由を聞かれて・・・
7か月のスペイン留学中や帰国後に様々な質問を受けてきた。
多い質問の第3位は、
「スペイン人の彼氏は見つけた?」
返事は、
「えー、まぁ...」と濁す。
第2位は、
「何をしにスペインに行った(来た)の?」
ごもっともな質問である。母国以外に住むという行為には何らかの理由が必要だし、常に納得のいく答えを求められる。なので、
「スペイン映画の研究のためです」と、ほんとうの理由をハッキリ言う。
そして第1位は、
「何本の映画を観たの?」
核心を突く質問である。そう、私はスペイン映画を観るために留学したのだ。
「劇場とビデオを合わせると134本。月19本程度は観た」と答える
ただ半年間で200本は観たいと思っていた私としては、この数字は残念な数字である。映画祭スタッフ時代は、作品選考や映画祭へ出かけると1日5本の映画を観ることは日常茶飯事だったため、1日1本に満たない数字は満足のいく結果には程遠い。よって、映画関係者にこの話をする時は、「スペインは映画以外も魅力満載の国だったので」と、若干言い訳めいた言葉を付け加えねばならない。
■マドリードで映画を観るための必需品
マドリードで映画を見始めたのは、渡西して2週間目だった。40歳過ぎて空港で初めてお金を盗まれたため(連載第2回:「スペイン式 ピソ狂騒曲~その1~」参照)、手持ちが少ないハポネサ(=私)には週末の美術館や映画館巡りに回す余分なお金がなかった。(奢ってくれる紳士にも巡り会っていなかったし)
お金が振り込まれるまで、せめて情報だけは手に入れようと、マドリードの文化情報が掲載されている雑誌のなかで、何を購読するといいのかをキオスクのおじさんに聞いてみた。
「これがいいよ。土曜日に『El País(エル・パイス=スペインの最大有力紙)』に織り込まれる文化情報誌を見る人もいるけどね」
「Guía de ocio(ギア・デ・オシオ)」という、A5サイズで50~60ページ程度の週刊誌だった。1ユーロと破格の安さだ。日本でいう「週刊ぴあ」のような雑誌で、毎週金曜日に発売されている。中身は、映画・演劇・コンサート・レストラン・バルなどに関する旬な情報をカバー。間違いのない上映時間が記されており、「適当なスペイン」というイメージのあった私は、このような緻密な情報を組み立てている雑誌が存在していることにけっこう感動した。映画留学中の私には欠かせない愛読誌の一つになった。
週刊誌「Guía de ocio(ギア・デ・オシオ)」
■ごヒイキ映画館
マドリードのガイドブックに必ず掲載されている国営の映画館「Cine Doré(シネ・ドレ)」。スペイン政府教育・文化・スポーツ省が運営する映画館だ。ここはマドリード滞在中に必ず訪れようと決めていた場所の一つだった。マドリードで映画を学んでいた友人Tちゃんが、ここの回数券を買ってはせっせと通ったと聞いていたので、上映作品群も楽しみだった。
国営の映画館「Cine Doré(シネ・ドレ)」
シネ・ドレの劇場内の風景
シネ・ドレは、中心街から徒歩15分ほどのAntón Martín(アントン・マルティン)というダウン・タウンに位置している。国営映画館があるのだから、文化の匂いがする落ち着いたエリアだろうという想像は見事に裏切られる。治安が決して良いとは言えない場所だ。周辺の店の壁には落書きがあり、シネ・ドレが面する通りを2本下がると、人々の表情が暗くて険しい、ちょっと怖い雰囲気さえが漂っていた。
昼間に一人でその周辺を探検していると、「china, china(中国の姉ちゃん)」と何度か呼び止められたり、上から下までジロジロ見られたり。「夜は一人で歩けないなー」と危機感すら感じさせる。案の定、首絞め強盗(!)が横行していて、日本人観光客が被害にあったとも後から聞いた。
そんなエリアにあるシネ・ドレは、毎週月曜日が休館日で、夕方5時30分から24時まで、1日に4プログラムを上映している。上映作品は、親子で楽しめる映画からシネフィル(=映画通を意味する仏語)ウケするような映画まで、幅が広い。入場料は2.50ユーロ(約350円)で、回数券だと10回分20ユーロ(約2,800円)という破格の安さ。映画好きには、とってもありがたい場所だ。
私が暮らしていたピソからシネ・ドレまで15分で歩ける距離だったので、頻繁にお邪魔していた。仲間と映画を見終えた後、近くのガリシア料理のバルに立ち寄り、茹でダコをおつまみにビールを味わいながら映画談議に花を咲かせるのが楽しみでもあった。
■もう1つのごヒイキ映画館
スペインの初デビュー映画は、ガリシア人男性とのデートだったと以前書いたが(連載第10回:「アモール、アモール!」参照)、その劇場はシネコンだった。映画好きとしては、老舗映画館に足を運ばないことには映画の神への儀礼に欠けると思い、マドリード市中心街にあるCine ideal(シネ・イデアル)を訪ねた。その日は、米国アカデミー賞にノミネートされ前評判も高かったハリウッド映画、『アーティスト』を観る。
シネ・イデアルは、1916年に建設され、行政機関の庁舎や修道院へと機能を変容させながら、1932年にはスペインの建築士によりサルスウエラ(スペインオペラ)やミュージカルの劇場に生まれ変わる。その後、1990年にはYelmo Cines(イエルモ・シネ)という映画会社がこの建物を買収し、8つの上映会場を持つ映画館が誕生した。シネ・イデアルは、外国映画を吹き替え版ではなくオリジナル版のままで上映する専門館であり、今は3D対応へ完全に移行している映画館だ。
通常は8.50ユーロ(約1,200円)だが、「día de espectador(観客の日)」という各映画館が指定する曜日に当たれば、サービス価格の6ユーロで観られる。日本で言えば、毎週水曜日の女性1,000円デーのようなものだ。私はこの日に狙いを定めて最新のロードショー作品を堪能していた――。
老舗映画館Cine ideal(シネ・イデアル)
~「マドリード、映画あれこれ」 その2 へ続く~