海外大学字幕プロジェクト

Heinrich Heine University Dusseldorf
ハインリッヒ・ハイネ大学デュッセルドリュフ
期 間
2023年3月31日~2023年5月12日
参加人数
24名
作品名
『暮れる』(2022年/52分/カラー 監督:竹田優哉)
JVTA 担当講師
石井清猛、ビル・ライリー、カイェタン・ロジェヴィチ
大学からのメッセージ
ミヒャエラ・オーバーヴィンクラー教授

ミヒャエラ・オーバーヴィンクラー教授

Dr. Michaela Oberwinkler

JVTAとの共同プロジェクトは、学生にとって、プロが制作する字幕翻訳についての知見を深める絶好の機会です。字幕をつけた映画は後々実際に多くの観客に紹介されるため、プロジェクトに取り組む学生のモチベーションが非常に高まることが期待されます。また、日本の文化や社会について学ぶ良いチャンスにもなるはずです。

The cooperation with JVTA is a great opportunity for our students to gain insight into professional subtitling of films. I think it's very motivating that the translated film will actually be presented to a larger audience later on. The course also provides a good chance to learn about the Japanese culture and society.

セリフとタイトルの関係を考えて字幕を作る

<Click here for the English article>

JVTAの映像翻訳講師が海外の大学生と共に日本の短編映画に字幕をつける海外大学字幕プロジェクト。ドイツのハインリッヒ・ハイネ大学での開催は2023年で9回目となる。同学で日本語や日本文化を学ぶ学生24名が、短編映画『暮れる』(竹田優哉監督)の日英字幕翻訳に取り組んだ。2017年の開講当初から、講義を完全オンラインで実施している。

本作の字幕は約400枚。参加学生は6つのグループに分かれ60~70枚程度の担当箇所をグループメンバーと相談しながら英語字幕にする。

『暮れる』は祖母と愛犬と共に暮らすニートの22歳、中川悠二が主人公。ある日、悠二は愛犬の散歩中に腹痛に襲われ、愛犬を逃がしてしまう。探しまわっていると、川辺でキャンプをする1人の男、淳と出会う。悠二は成り行きで、淳のキャンプに参加することになる…というストーリーだ。
『暮れる』場面写真
『暮れる』場面写真
左は主人公の悠二、右が淳
まず講義は、各グループごとに作品の内容を読み解くことからスタートした。
「2人がキャンプをしているシーンが印象的」、「淳は悠二にとってまったく知らない人。自分に関係ない人だからこそ、深い話ができるのかもしれない」など、物語で重要となる悠二と淳のキャンプシーンについて言及するグループが多かった。また、「悠二が置かれている状況や抱えている感情は、日本の社会特有かもしれない」と、海外の大学生ならではの意見も出てきた。

作品の内容を把握した後、いよいよ具体的な翻訳に入る。翻訳はJVTAの石井清猛講師、ビル・ライリー講師、カイェタン・ロジェヴィチ講師が、学生の作成した字幕案のフィードバックをし、それをまた学生が修正する…という形で進められた。

当初、学生の字幕案は「うーん」「まあ」「普通に」「意外と」のような、日本人が無意識に口に出してしまうような言葉を逐一翻訳しており、直訳のような印象があった。しかしそのひとつひとつを訳していると、どうしても英語字幕の制限文字数をオーバーする。学生は、「どうすれば文字数を削れるか?」と講師へ質問をした。
その質問に対し、石井講師は「『うーん』や『まあ』のようなセリフは、字幕では文脈によっては逐一訳出しなくてもよい」とアドバイス。なんとなく口にしているだけの言葉のため、訳さずにシンプルな字幕にして問題ないと説明する。ビル講師も「話し言葉で調子を整えるために使われ、伝えるべき意味を持たないことが多い」と補足した。

本作には「普通に」「意外と」のような言葉の他にも、日本語独特の言い回しがたくさん登場する。特に学生が頭を悩ませたセリフは「先が見えない」というセリフだ。このセリフはほぼ毎週、学生の頭を悩ませていた。
当初、この「先が見えない」というセリフは“You can't see into the future.”となっていた。しかしカイェタン講師は、「日本語での『先が見えない』は、lost(道を見失う)というようなイメージ。悠二のような生き方をしているとlostしてしまう、というような意味ではないか」と指摘。「日本語には『途方に暮れる』という表現がある。向かう方向が分からなくなったり、どうしたらいいか分からなくなったりしたときに使う言葉で、作品タイトルの『暮れる』につながるのでは」と、タイトルとの関連性を示した。

その後の講義で、監督の竹田優哉氏と学生とのセッションする機会があった。そこで学生は、『暮れる』という作品タイトルの意味を直接監督に質問。すると竹田監督は、「このタイトルをつけた理由は大きく2つある」と説明した。
1つは、自然現象として日が暮れていくということ。そして2つ目は「途方に暮れる」「思案に暮れる」という心情を表す日本語にかかっているとのことだった。「暮れる」という言葉は動詞なので、「自分の問題の解決策を模索中で、今まさに思案に暮れている悠二の様子を表したかった」と語った。

学生たちが悩んでいた「先が見えない」というセリフは、やはり『暮れる』というタイトルとつながっていた。セリフの意図、シーンの流れ、そしてタイトルとのつながりを理解した学生たちは、さらに字幕を推敲。最終的に“Everyone feels lost sometimes.”という訳に落ち着いた。
講義の様子
監督とのセッションでは、他にも作品のメッセージに関することや撮影の裏側についてなど、様々な質問が出た。「映画に登場する悠二のおばあちゃんはどんな人ですか?」という質問に対しては、「実はおばあちゃんを演じているのが、悠二を演じた俳優の本当のおばあちゃん」であることが明かされた。さらには悠二の愛犬も、俳優のおばあちゃんが実際に飼っている犬であったという裏話も伝えられた。

参加した学生からは、「特別な経験ができた。自分の日本語能力もさらに上達した」「主人公の人生の悩みや日常生活における様々な問題などについて考えさせられた」「普段見ている映画と異なるタイプの映画で、おもしろかった」などの声が届いている。本プロジェクトを通して、日本語や日本文化への興味がますます高まったようだ。

最終的に完成した字幕は、6月にドイツで開催される世界最大級の日本映画祭「ニッポン・コネクション」で上映となる。上映会当日が楽しみである。


竹田優哉監督からのメッセージ
本作は、日本語におけるコミュニケーションに限定して、会話の自然な流れを意識しながら制作しています。また、物語の中盤からは悠二と淳という登場人物の会話の応酬になります。そのため、翻訳では多くの困難があったのではないかと思います。そのような中、根気強く翻訳作業に取り組んでくれたハインリッヒ・ハイネ大学の学生の方々、翻訳の指導にあたられた講師の方々には大変感謝しております。

セッションの感想として、私が授業に参加していて特に面白いなと思ったのは、映画タイトルの翻訳です。それぞれの学生がつけるタイトルによって、彼ら・彼女らにとって『暮れる』の中で何が象徴的だったのかということがよく分かったからです。学生と話す中で、自分自身が何を作品の中で重要としているかも整理されましたし、学生たちの意見から新たな発見もありました。また、どのような単語を選択すると「インディペンデント映画っぽく」なるのか、などの価値基準があることを知れたのは楽しい学びでした。

字数や表示時間などの制約があることから、字幕翻訳の際にはさまざまな工夫が必要になると思います。実際、日本語のセリフと英語の字幕を比較してみていくと、こういう表現もできるのかだとか、この表現になることで解釈の幅が広がりそうだなど、翻訳の工夫により作品が別の魅力を放ってくる予感を感じました。今回の経験から、私はより言語特有のコミュニケーション上の可笑しみみたいなものを感じましたし、より突き詰めていきたいと思いました。とても貴重な体験をさせていただきました。


映画祭に参加した学生からのメッセージ
・Kristina Lizogubさん
自分たちが字幕を手掛けた作品を大きなスクリーンで見ることができてうれしかったです。字幕制作の作業で何度も作品を見ていたのですが、パソコンで見るのとスクリーンで見るのは全く違いました。完成した字幕と、最後にスクリーンに映し出された自分の名前を見て、とても報われた気持ちになりました。
観客の皆さんも、作品と字幕プロジェクトにとても興味を抱いていました。映画の中で、主人公の悠二が出会ったばかりの淳のテントで休ませてほしいというシーンがあるのですが、そのシーンに差し掛かると観客が驚きと戸惑いを感じているのが分かりました。自分が初めてこの映画を見たときの気持ちを思い出しました。私自身、そのシーンを初めて見たときは少し不思議に感じて、同じような反応をしたからです。
上映後の字幕プロジェクトに関するQ&Aセッションでは、たくさんの質問が観客から出てきたことに驚きました。上映会が終わってからも質問しに来る方がいたくらいです。

この字幕プロジェクトについて、特に良かった点は映画を撮った竹田優哉監督とのセッションです。オンラインで監督と話をし、質問することができました。セッションによって、作品への理解度が間違いなく深まりましたし、監督の狙いや考えを理解することもできました。何度も言われましたが、作品の監督と直接話ができる機会はなかなかありません。監督とお話したことは映画祭のQ&Aセッションでも伝えられ、観客の皆さんも感心していました。
でもやはり全体的には、プロジェクトを通して字幕について議論しながら取り組んだことが楽しかったです。とてもおもしろい経験でしたし、字幕翻訳という分野に対して興味を抱くようになりました。

The Art of Comprehending:
Subtitling by Understanding the Connection Between Titles and Lines

The Global Universities Subtitling Project (GUSP) is a collaboration between the Japan Visualmedia Translation Academy and several universities worldwide. This year, 2023, marked the 9th collaboration with Heinrich Heine University Dusseldorf in Germany. This time, 24 students majoring in the Japanese language and culture translated and subtitled the short film LIGHT CHANGES, or Kureru (lit. To end) by director Yuya Takeda. JVTA and Heinrich Heine have been working together since 2017, and all of the classes have been conducted online.

This film contained around 400 subtitles total, which were divided among the groups of students. Each group of 4 students worked on 60 to 70 lines and had group discussions to come up with the English translations.

The story goes as follows. LIGHT CHANGES follows Yuji Nakagawa, an unemployed 22-year-old who lives with his grandmother and beloved pet dog. One day when walking the dog, Yuji is suddenly overcome with terrible stomach pain, and his dog runs away. As he scrambles around searching for it, Yuji meets Atsushi, who is camping by the riverbed. Yuji ends up camping with Atsushi, and drama ensues.
LIGHT CHANGES
A Scene from LIGHT CHANGES
To the left: the Protagonist, Yuji, To the right: Atsushi
The class began with breaking down the story of the film in order to understand it.
Several groups commented on the importance of Yuji and Atsushi's camping scene, saying that it "left an impression" and pointing out that "Yuji doesn't know who or what Atsushi is. Because they have no connection, it's easy for Yuji to open up about difficult topics to him." Furthermore, one student remarked that "Yuji's situation and conflicting emotions might be something unique to Japanese society," which gave insight into how a non-Japanese student might view the film.

Once they have a handle on the story of the film, it's time to start translating. JVTA's Kiyotake Ishii, Bill Reilly, and Kajetan Rodziewicz gave feedback on the students' subtitles and advice on how to improve them. The edited their work based on this feedback, returning to the three teachers for more feedback as a cycle developed.

At first, the students' translations ended up being direct, almost word-to-word translations, as they carefully translated each word in the dialogue, including filler words such as "umm" and "well" that are uttered unconsciously. But in doing so, the students quickly realized they did not have enough characters to work within their character limit. They asked their teachers, "how can we cut down on characters?"
To that, Kiyotake answered, "'Umm' and 'well' have no meaning in the context of the subtitle, so there is no need to translate every single one." He explained that these words are just placeholders with no meaning and are unnecessary to address. Bill added, "they're just spoken sounds that allow the speaker to think about what they wish to say and have no meaning within itself to convey."

Besides the placeholder words, students needed help translating Japanese phrases that were also numerous in the dialogue. One term that caused the issue was "saki ga mienai," or literally, "I can't see in front of me." Every week of the project, the students would return to this sentence and mull over it.
Their first set of subtitles translated the line as "You can't see into the future." However, Kajetan pointed out that "in Japanese, this phrase is used to show that you are lost. By living the way he does, Yuji is lost in life." He continued, "there's another phrase in Japanese, "tohou ni kureru", which means you don't know which direction you should go in or what you should do. Don't you think it connects with the film's title, Kureru?"

In the later classes, study sessions between director Yuya Takeda and the students were held. The students could ask Yuya what he meant when he titled his film Kureru. He replied, "I have two main reasons for naming this film as it was." The first was that, as nature dictates, all days come to an end. (The word "kureru" is used to signify the end of a day and the sunset.) The second was that Yuya wanted to tie in the phrases "tohou ni kureru" and "shian ni kureru" (to be lost in thought or being unable to collect your reviews.) "Kureru" is a verb. Yuya had wanted to portray that "Yuya had wanted to portray how he “was in the midst of searching for the answer to his problems, and was unable to think straight about what he should or even wants to do."

The phrase "saki ga mienai" that the students had so much trouble with was tied into the title Kureru. Now that the students better understood the meaning behind the line, the scene, and the title, they could polish up their subtitles even further. They finalized their translation to "Everyone feels lost sometimes."
Online class
During their study sessions with the director, the students asked about other things, such as the moral of the story and what went on behind the scenes. To the question, "what kind of person is Yuji's grandmother like?", Yuya revealed that "actually, the actress playing the role is the real grandmother of the actor for Yuji." In addition, it was mentioned that the protagonist's pet was also the grandmother's dog in real life.

The participating students had a lot of good things to say about the project. These included comments such as "It was a great experience. My Japanese has further improved," "The class made me consider aspects such as the protagonist's headspace and emotions towards his life," and "the film was different from what I'd usually watch, and it was a lot of fun." By participating in this project, the students' interest in Japanese and the culture have grown even more.

Their finalized subtitles will be shown at the world's largest Japanese Film Festival Nippon Connection in June in Germany. If you have the opportunity, please enjoy the fruits of their labor and learning.


A Message from Director Yuya Takeda
LIGHT CHANGES is a film that is heavily centered around natural Japanese conversation and communication. The second act is mostly compromised of the discourse between Yuji and Jun. Due to this, I can only imagine how difficult translating this story was. I offer my utmost gratitude to the students of Heinrich Heine who worked tirelessly to help share my film and to the instructors of JVTA who guided them in subtitling it.

After participating in the study session, I came out most intrigued by the translation of the film title. Since each student came up with their own English version, I was able to glean what the students found the most symbolic in LIGHT CHANGES (Kureru). By talking with them, I was able to organize my thoughts on my film and what I found was important to the story. I was also able to learn what sort of vocabulary makes a film an indie film and the values that are found within them thanks to the students’ input.

I was able to see how subtitling translation requires a lot of adjustment to fit the subtitle within the character count and the limited time the words are shown on screen. I was amazed by how creative the students were when comparing the original Japanese and the translated English. By using new expressions and phrases, interpretations can broaden, and it adds more appeal to the film. This project has allowed me to really feel how the basis of communication is unique to each language, and has also made me want to learn more. I am deeply grateful to have been given this learning experience.


A message from student participated the film festival
・Kristina Lizogub
I was excited to finally see the film with our subtitles on the big screen. Although I have seen the film several times during the subtitling period, a laptop screen does not compare to the real thing. It was a rewarding feeling to see the final subtitles and, at the end of the film, one's own name on the screen.
The audience was also very interested in the film and the subtitling project. I remember the scene where Yuji (the main character) wanted to rest in a stranger's (Atsushi's) tent and the audience reacted amused and confused at the same time. It made me think of my first time watching the film, when I had a similar reaction, because the scene is rather weird.
I was also very surprised about the many questions from the audience in the Q&A session. Even after the screening, some came up to us with even more questions.

The most interesting point about this subtitling project was definitely the opportunity to meet the director of the film, Yuya Takeda, via zoom meeting, to talk to him and ask him our questions. It definitely helped to understand the story better, but also to understand the director's insights and ideas. Especially since, as we were told several times, this opportunity is a rare one to speak to the director of a film in person. This point was also emphasized again in the Q&A session and even in the audience people were impressed.
But in general, I liked discussing and working on our subtitles during the subtitling project. It was an interesting experience and really fun and made me interested in this field of work.