やさしいHAWAI’ I

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第5回:Would you speak slowly?
2010年07月15日

【written by 扇原篤子(おぎはら・あつこ)】1973年から夫の仕事の都合でハワイに転勤。現地で暮らすうちにある一家と家族のような付き合いが始まる。帰国後もその一家との交流は続いており、ハワイの文化、歴史、言葉の美しさ、踊り、空気感に至るまで、ハワイに対する考察を日々深めている。
【最近のわたし】「先日、日比谷公会堂で、ハワイからやって来たハラウ・オ・ケクヒ(火の女神ペレの踊りを代々受け継いでいるカナカオレ一族が結成した古典フラの団体)のフラを観に行った。 かつてハワイのキラウエア火山でも彼らのフラを観たことがあるが、フラは大地と空気に直に触れて、初めてそのエネルギーを発する。こんな風に建物の中で踊るものではないと痛感した。」
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ハワイ生活を始めて1カ月ほど経った頃には、英語を話すことに少しは慣れてきた。とはいっても、やはり電話は苦手だった。何しろ相手が見えない。表情や口元の動きが、いかに話し相手を理解するのに役立っているか、電話でのやり取りで痛切に感じていた。

そんなある日曜日の午前10時頃、パンとハムにサラダ、パパイヤなどの朝食を済まし、後片付けをしていた時に電話が鳴った。受話器を取り「Hello, this is Ogihara's residence.(もしもし、オギハラ宅ですが)」と決まり切った言葉でまず応対する。すると相手は何か早口で話し始めた。何を言っているのかさっぱり分からない。

さて困った。こうなれば仕様がない。「Would you speak slowly?(恐れ入りますが、ゆっくりお話しいただけますか?)」と、困った時の決まり文句で、相手に失礼のないようにお願いする。ところが相手は一向にゆっくりと話してくれる気配がない。そこで再び「Would you speak one more time?(もう一度お話しくださいますか?)」と伝えた。

この時、それまでの早口の口調が何となく変わった。受話器の向こうから異様な雰囲気が電話線を通って襲いかかって来たようで嫌悪感をもよおした私は、思わず受話器を「ガシャン!」と戻した。それからしばらくは頭の中が真っ白で、具体的な話の内容がよく理解できなかった。しかし置いた受話器をじっと見つめていると、相手が言った言葉が、徐々に脳裏によみがえって来た。そうか、あれはそういうことだったのか。

私が「もしもし」と言った後、相手は「Are you naked?(きみ、裸?)」と言った。その時はそう聞こえなかったが、そんな問いに対して私はご丁寧にも「ゆっくりお話いただけますか?」とお願いしてしまったのだ。すると相手は「Are you putting something on?(何か着てる?)」と重ねて言った・・・。

おそらくその他にも様々なことを言ったのだろう。相手にしてみれば、からかうつもりでかけた電話の向こうで「ゆっくり話してください、もう一度話してください」などと丁寧な受け答えが返ってきた・・・。

美しく青い海、澄んだ空気のハワイで、爽やかな日曜日の朝に、まさかこのような電話を受けるなどとは、全く予期していなかった。電話の中身を理解できずに、必死に応対した自分自身が、情けなくてたまらなかった。それからというもの、しばらくは電話が鳴っても怖くて受話器がさわれない日々が続いた。



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〔アパートの内部のリビングダイニングキッチン。この奥にバスルームとベッドルームがある、ごくシンプルな室内〕