今週の1本

vol.97 『潮風のいたずら』 by 石井清猛


12月のテーマ:息抜き

大抵の場合"息抜き"と呼ばれる行為が私たちにもたらすものは、それが身体的な観点からであれ精神的な観点からであれ、概ねポジティブなものだと考えられていますが、どうも映画の中の"息抜き"となると、話はそれほど単純でもないようです。

例えば休暇中に友人たちと訪れた山小屋で悪霊に取り付かれたり、小川のほとりで馬を休めているところをお尋ね者のガンマンに襲撃されたり、パーティーの席で豪勢な料理に舌鼓を打っている時に抗争相手のギャングにマシンガンを掃射されたりといった、およそ望ましい息抜きとは似ても似つかない災厄に見舞われる一方で、のどかなピクニックの最中にパラレルワールドに迷い込んだり、リビングで何気なく見ていたテレビ番組の世界に閉じ込められたり、早朝のカフェでくつろいでいる時に運命の人に出会ったりといった、必ずしも災厄とは限らないものの、一概に望ましい息抜きとも呼べない出来事が起きたりするのを目の当たりにすれば、誰でも一旦は「どうやら映画の中の息抜きというのは一筋縄ではいかないらしい」と納得する以外にないでしょう。

果たしてゴールディ・ホーン主演のロマンティック・コメディ『潮風のいたずら』で私たちが目撃するのも、そのような"一筋縄ではいかない息抜き"の顛末といえます。
のちに『プリティ・ウーマン』や『プリティ・プリンセス』を撮ることになるゲイリー・マーシャルがこの作品で描いたのは、それはもう、あきれるほど突拍子もなく、あり得ないほど楽天性に満ちた、実に映画的な息抜きでした。

大富豪のジョアナとその夫グラントは豪華ヨットでの気ままな船旅の途中小さな港町エルク・コーブに立ち寄る。そこで船室のクローゼット改装のためジョアナに呼ばれた地元の大工ディーン。どケチで性格ブスのジョアナは報酬も払わず悪態をつきまくり、挙句にディーンを海に突き落とす。クルーザーが港を離れたその晩、ジョアナは足を踏み外して落水。彼女はエルク・コーブに流れ着いて救出されたもののショックで記憶をなくしていた。ニュースを見たディーンは復讐のため夫と名乗り出てジョアナを引き取ることを思いつく...。

巨大なクルーズ船での贅の限りを尽くした船旅という常識をはるかに超えたスケールの息抜きは、それでも他の息抜きと同じく映画の法則に従って無慈悲にも中断され、やがてジョアナは"4人の息子を持つ妻(と見せかけたメイド)"としての生活を強いられることになります。

映画の前半で描かれるその生活の過酷なディテールはほとんどブラックユーモアに近く、「何かがおかしい」と感じながらもディーンに言いくるめられ、渋々家事を続けるジョアナの徹底的な不適合ぶりに、恐らくフェミニストもアンチフェミニストも、女性も男性も、笑うのを忘れて静かに胸を痛めるほかありません。
ディーン役のカート・ラッセルはこの前半において男性原理の非道な暴走ぶりを見事に演じ切り、見る者に軽い戦慄を与えます。彼が『デス・プルーフ』でタフな女子に袋叩きにされなければならなかった理由はこの映画にあった、と確信する人が出てきてもさほど不思議ではないでしょう。

いずれにしても、ディーンはこのように容赦なくジョアナを利用することで格好の息抜きの機会を得るわけです。
ただそれが決して一筋縄ではいかないのは、皆さんご承知のとおり。
慣れない家事をロボットのようにこなす毎日にあやうく心神を喪失しかけながらも、ジョアナは持ち前のタフでスマートでキュートな性格を発揮し、徐々に4人の息子と夫の心をつかんでいくのです。

アイデンティティ・クライシスの只中で魂を抜き取られたかのように終始虚ろな目をしていたジョアナが、ある瞬間についに生き生きと輝き始める場面はまさに霧が一気に晴れるような爽快さで、(当時の)"ロマコメの女王"ゴールディ・ホーンの面目躍如といえます。

それがでっち上げられたものとも知らず、新たに与えられたアイデンティティをすっかりその気で受け入れて"わが道"を進み始めるジョアナ=ゴールディ・ホーンの姿は、一挙手一投足がいちいち笑えてかつ最高に魅力的です。
やがて自分の息抜きが一筋縄でいかないことに気づくディーン=カート・ラッセルでなくても、きっと彼女から片時も目が離せなくなってしまうことでしょう。

さて映画の終盤近く、ディーンの息抜きが突如として中断されたあと、2人(+4人)に何が起こるのでしょうか?
その『プリティ・ウーマン』も色あせるほど楽天的で突拍子もないエンディングは、皆さんどうかご自分で確かめてみてください。

最後におまけ情報を1つ。
『潮風のいたずら』を緩やかな原作として変則リメイクされたのが韓国ドラマの『ファンタスティック・カップル』です。
私はまだDVDのDisc1しか見ていませんが、主演のハン・イェスルの性格ブスっぷりは本家ゴールディ・ホーンを上回っていたかもしれず...。

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『潮風のいたずら』
監督:ゲイリー・マーシャル
製作:アレクサンドラ・ローズ、アンシア・シルバート
脚本:レスリー・ディクソン
撮影:ジョン・A・アロンゾ
音楽:アラン・シルヴェストリ
出演:ゴールディ・ホーン、カート・ラッセル、マイケル・ハガティ、
エドワード・ハーマン、キャサリン・ヘルモンドほか
製作年:1987年
製作国:アメリカ
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vol.96 『サイドウェイ』 by 相原拓


12月のテーマ:息抜き

仕事のできる先輩たちをみていて最近気づいたことがある。どんなに忙しくても息抜きは必要。映像翻訳をやっている皆さんならお分かりだろうが、ひたすら原稿とにらみ合っているだけではいい翻訳はできない。行き詰まった時は好きなことをして頭を切り替えることも大事だ。友達と話したり、一服したり、あるいはちょっとした一人旅をしたりと、息抜きの仕方は人それぞれだが、いずれにせよ、リセットした状態で作業に臨めばきっと見えてくるものがあるはず。というわけで、今週の一本は、息抜きにぴったりのロードムービー『サイドウェイ』を紹介しよう。

主人公は小説家志望のさえない中年男マイルス(ポール・ジアマッティ)。2年前の離婚からいまだに立ち直れず充実しない日々を送っている。一方、親友のジャック(トーマス・ヘイデン・チャーチ)は元人気俳優で自由奔放に生きてきたプレイボーイ。そんなジャックがようやく身を固めることになり、マイルスはジャックを結婚祝いの旅に誘った。1週間かけてのんびりとカリフォルニア州のワイナリーを巡ったりゴルフを楽しんだりするという計画だったが、ジャックはどうも乗り気じゃない。それもそのはず、ジャックはワインにもゴルフにも全く興味がなく、どうせなら結婚式の1週間前ぐらい思いっきり羽目を外したいと考えていた。

性格もライフスタイルも正反対のこの二人、趣味が合わないのも当然だろう。人生に行き詰まりを感じているマイルスにとってワインとゴルフ三昧の旅は理想的だが、ジャックにとっては物足りなかった。そこで軽い気持ちでワイナリーのバーテンダーを口説いてみたところ彼は本気で恋に落ちてしまう......結局、ワイナリー巡りの息抜き旅行は思わぬ展開になっていくわけだが、少し大げさな言い方をすると、二人はそれぞれのやり方で人生をリセットすることができたのだ。

皆さんは課題やトライアルと格闘しながら行き詰まることはないだろうか? そんな時は「忙しすぎて息抜きする時間もない」なんて言わずに是非この映画を見てほしい。

※ちなみに本作品は昨年、『サイドウェイズ』というタイトルで邦画としてリメイクされている。

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『サイドウェイ』
監督:アレクサンダー・ペイン
出演:ポール・ジアマッティ、トーマス・ヘイデン・チャーチ ほか
製作年:2004年
製作国:アメリカ
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vol.95 『ロスト・イン・トランスレーション』 by 野口博美


11月のテーマ:壁

自分のしゃべる言語が全く通じない国に行くのは恐ろしいものだ。
そこには言葉の壁がたちはだかっている。
それでも、かけがえのない出会いや、思いがけない経験が待ち受けていることがあるのも確かだ。

ハリウッドスターのボブ(ビル・マーレイ)は、コマーシャル撮影のため日本を訪れた。
優秀とはいえない通訳は撮影スタッフの指示を半分も伝えてくれないし、珍妙な番組に出演させられたり、歓迎の印としてホテルの部屋に娼婦をあてがわれたり(実際にあることなのだろうか?)慣れない文化にボブはとまどいを隠せない。
そんな中、彼はカメラマンの夫について日本に来ていたシャーロット(スカーレット・ヨハンソン)と出会い、お互いに異国で孤独を感じていた2人は次第に心を通わせていく。

でたらめな英語で話しかけてくる日本人を相手に何とか意思の疎通を図ろうとするボブの姿は何だか可愛らしく見える。
LとRの発音をごちゃまぜにして"Lip my stocking!"とボブにつめよる娼婦にはちょっと笑えたが、同じ日本人として何だか恥ずかしくもなる。

ボブたちの目から見ると、見慣れた東京の街並みも新鮮に見えるから不思議だ。
しゃぶしゃぶを食べに行き、「客に料理を作らせるレストランなんてひどい」とつぶやく彼には、確かにそうだよね、と共感したくなるし、神前式の結婚式はいつもより神聖なものに見える。

本作はフランシス・フォード・コッポラの娘、ソフィア・コッポラが「ヴァージン・スーサイズ」に次いで監督を務めた作品だ。ユーモアにあふれていて、とてもおしゃれで美しい作品だと思う。
ご覧になっていない方には、ぜひおすすめしたい1本だ。
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『ロスト・イン・トランスレーション』
監督:ソフィア・コッポラ
出演:ビル・マーレイ、スカーレット・ヨハンソン ほか
製作年:2003年
製作国:アメリカ/日本
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vol.94 『ライフ・イズ・ビューティフル』 by 藤田彩乃


11月のテーマ:壁

言葉の壁は大きい。映像翻訳者として認めたくないが事実だ。特に笑いのツボは文化によって激しく異なるため、その壁を越えることは容易ではなく、コメディ映画で世界的なセールスは期待できないとさえ言われる。確かにコメディには、翻訳者泣かせの台詞や翻訳不可能なネタも多い。しかし外国語作品でありながら、アカデミー賞を総なめにし、言葉の壁を越えた作品がある。チャップリンの再来と賞されたロベルト・ベニーニ主演の「ライフ・イズ・ビューティフル」。大好きな作品だ。

舞台は、第二次世界大戦前の1939年。ユダヤ系イタリア人のグイドは北イタリアの田舎町で小学校教師のドーラと恋に落ち、結婚。かわいい男の子を授かり、幸せな暮らしを送っていた。しかし次第に戦争の色が濃くなり、3人はナチス・ドイツによって強制収容所へ送られる。恐怖と絶望の中、母親と離れて不安な息子にグイドはある嘘をつく。「これはゲームなんだ。泣いたりママに会いたがったりしたら減点。いい子にしていれば点数がもらえて、1000点たまったら勝ち。勝ったら、本物の戦車に乗っておうちに帰れるんだ」と・・・。

本作は、カンヌ映画祭で審査員グランプリを受賞。アカデミー賞では、外国語映画でありながら、作品賞を含む主要7部門にノミネートされ、主演男優賞、外国語映画賞、作曲賞(ドラマ部門)の3部門で受賞を果たした名作だ。監督・脚本・主演の3役を兼ねたロベルト・ベニーニがアカデミー賞の授賞式で、嬉しさのあまり、椅子の上を飛びはねまくって転げ落ちそうになっていたのは、今でも鮮明に記憶に残っている。

映画館で何の期待もせずに見た作品だったが、圧倒された。世界大戦、ユダヤ人迫害を題材にした話でありながら悲壮感がなく、随所にユーモアが散りばめられている。グイドがナチス兵のドイツ語を、デタラメにイタリア語に通訳するシーンは腹を抱えて笑った。しかしエンディングでは号泣。息子の前に戦車が現れた時は、これまでに張られてきた伏線がつながり、その計算された脚本に爽快感さえ覚えた。

どんな悲惨な状況でも希望を忘れず、命がけで子供を守る父の姿に心打たれない人はいないだろう。守るべき存在を持つ者の強さ、人間の愚かさと素晴らしさ、そしてタイトルが語るように「人生は美しい」ということを実感させてくれる愛に満ちあふれた映画だ。

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『ライフ・イズ・ビューティフル』
監督・脚本:ロベルト・ベニーニ
出演:ロベルト・ベニーニ 、ニコレッタ・ブラスキ
製作年:1998年
製作国:イタリア
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vol.93 『天才マックスの世界』 by 桜井徹二


10月のテーマ:先生

この映画の主人公であるマックスの高校生活はとても濃密だ。名門私立校に通うマックスは数々の課外活動に打ち込んでいて、学校新聞発行人に始まり、フェンシングクラブ部主将、ディベートクラブ部長、養蜂クラブ部長、模擬国連ロシア代表、演劇部の演出家、ラクロスチームマネージャーなど19もの肩書きを掛け持ちしている(ただし学業はそっちのけなのだが)。

さらにマックスは、小学部の女性教師に恋をしてしまい、それまでクラブ活動に向けていた情熱を彼女に注ぎ込む。それがちょっとした騒動を引き起こし、やがてマックスは大きな挫折を味わうことになる。

一言でいえばマックスは変わり者、もしかしたら落ちこぼれと言えるかもしれない。でも彼の毎日はとても充実しているように見える。無二の親友もいるし、教師への恋心は結局報われることはないものの、傷心は彼を大きく成長させることになる。

翻って僕の場合はといえば、高校3年間のうち記憶にある思い出をかき集めて時間に直しても、おそらく2時間ぶんくらいにしかならないような気がする。何か目立った事件があったわけでもクラブ活動に熱心だったわけでもなければ、もちろん先生に恋をした記憶もない。たんに記憶力の問題もあるとは思うけれど、それ以前に、まあ何というか、相当に色彩を欠いた青春時代だったのだろう(ただそれを言うなら、中学や高校の頃、毎日何をして過ごしていたのかと聞かれてすらすらと思い出せる人がどのくらいいるのだろうか)。

でも、この映画のいいところは、そんな僕でもマックスの気持ちが手に取るように(そして時には痛いほど)わかるところだ。僕とマックスはまったく違う人生を生きていて性格も何もかも大違いなのに、この映画を見ている間、僕は彼の人生を生きられる。名門校に通い、演出家として活躍し、美しい教師に熱をあげられる。

監督のウェス・アンダーソンはそういう魅力的な変わり者を描くのが抜群に上手で、『ロイヤル・テネンバウムス』も登場人物はことごとく変人ばかりなのに、僕はそのことごとく全員に自分を見てしまう。だからこそ、僕は「こうであったかもしれない人生」を追体験するために、この2本の映画を繰り返し見返してしまうのだ。

ちなみに、劇中でマックスは演出家として『セルピコ』と『地獄の黙示録』らしき作品を上演する(高校の演劇で、ですよ)。そのシーンがとびきり最高なので、ぜひ見てみてください。

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『天才マックスの世界』
監督:ウェス・アンダーソン
出演:ジェイソン・シュワルツマン、ビル・マーレイ ほか
製作年:1998年
製作国:アメリカ
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vol.92 『いまを生きる』 by 浅川奈美


10月のテーマ:先生

いかなる場所にいようとも、周囲のものこれ皆、師なり。

周りから常に学ぶことができると私は思っている。だからといって私が、生きている環境が恵まれていて、尊敬に値する人たちにいつもいつも囲まれているというわけではない。好ましくない事柄や、思いもかけない不運に遭遇することだって多々ある。そりゃショックだし、落ち込みもする。
でもそんなときは、むしろ学ぶチャンス。起きてしまった事からいかに学ぶか。
要は心のあり方いかんなのだ。
「はいはい、反面教師」とか、「どうしてこんなこと言っちゃうんだろう、この人は」と、相手の思考や根拠を推測したり、「むしろ軽く済んだほう。感謝、感謝。いい勉強ができた」と楽観的に考えるようにしている。
これらの原動力は、そう、好奇心。
メディアに関わっているものとして、好奇心がなければ死んだも同然だと思うのだ。大事なのは脳内をとめないこと。人間は刺激なくては生きていけないのだから。

『いまを生きる』。ご存知ロビン・ウィリアムズ主演の人間ドラマである。
1959年、アメリカの名門全寮制高校。伝統と規律や親の期待に縛られながら、退屈に過ごしていた生徒たちの前に現れたのは、同校OBの教師キーティング(ロビン・ウィリアムズ)。教科書を破り捨てさせ、彼は言う。

「何かを読んだら、作者の考えでなく自分の考えもまとめてみろ。
そして自分だけの答えを見つけるんだ。」

先人たちが残していった詩。文字だけでは決して知りえないその情熱に触れ、込められた思いを読み解き、自分が感じたものと対峙する。なんと素晴らしいことか。規律や、体裁に縛られた彼らにとってそれは刺激的であり、時に危険でさえもある。

Carpe diem!
Seize the day


映像の業界においても、様々な先人がいる。翻訳をしていく上でも、いろんな境遇に遭遇したり、いろんな先生に出会っていくだろう。思うように自分の力が発揮できない、とか、周囲と比べて劣等感を感じたり、身の丈を思い知らされるような苦しい状況に直面することなんてこと、多々ある。そんな折、『いまを生きる』のキーティング先生に会いに行くのはどうだろう。彼のメッセージがきっとあなたに届く。

新しい物事や思想に触れたい、学びたいという心さえあればよいのである。

この作品とともに、記憶に留めていただきたい言葉がある。

師の跡を求めず、
師の求めたるところを求めよ。
(孔子)

大切なのは、「師が残していったもの」ではなく、「師が求めている姿勢」なのではないだろうか。
師の業績を踏襲しているのみでは、己の目指すところはそれ以下になってしまうと思う。

10月期がスタートした。
今一度、己にも言い聞かせたい言葉である。

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『いまを生きる』
監督:ピーター・ウィアー
出演:ロビン・ウィリアムズ、イーサン・ホーク ほか
制作年:1989
製作国:アメリカ
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vol.91 『リンダリンダリンダ』 by 藤田奈緒


9月のテーマ:音楽

♪僕の右手を知りませんか?
行方不明になりました
指名手配のモンタージュ 街中に配るよ
今すぐ捜しに行かないと
さあ 早く見つけないと
夢に飢えた野良犬 今夜 吠えている♪

真っ直ぐ前を見て、おっきな声でブルーハーツの歌を歌う韓国人留学生のソンちゃん。
その歌はお世辞にも上手とは言えないけど、何でだろう、やっぱりブルーハーツにはそんな調子っぱずれなひたむきさが似合ってしまう。

ひょんなことからバンドを組むことを決意した4人の女子高生たち。高校最後の文化祭までに残された時間はたったの2日間。大好きなブルーハーツの歌を発表するため、それこそ寝る暇も惜しむ猛練習が始まる・・・と書くと、いかにも熱い青春物語が繰り広げられそうだけど、うーん、実際にはそうでもない。どちらかというと普通の女子高生たちのありふれた日常の一部を切り取った感じで、好きな男の子との時間を優先してスタジオでの練習に遅刻してしまったりと、少々危なっかしい感じで話は進んでいく。

誰しも振り返れば、ちょっとぐらい何かに真剣になった時間があるはずで、文化祭最終日の彼女たちのステージを見たら、きっと、その時の熱い感じを思い出さずにはいられないだろう。時にはカッコ悪くたっていい、やりたいことに思い切って向かってみるのも悪くないかも。そんな風に思わせてくれる素敵な青春映画です。

1つ打ち明けると、かくいう私もかつてバンドブームの流れに乗っていた時代がありました。似合わないと言われるかもしれないけど、お恥ずかしながら本当の話。

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『リンダリンダリンダ』
監督:山下敦弘
出演:ペ・ドゥナ、前田亜季、香椎由宇、関根史織ほか
製作国:日本
製作年:2005年
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vol.90 『男と女』 by 藤田庸司


9月のテーマ:音楽

名作と言われる映画には、必ずといっていいほど素晴らしいテーマ曲が存在する。「映像は素晴らしいのにテーマ曲はイマイチ...」といった名作などあまり聞かない。時にはテーマ曲が映画そのものよりも有名になるケースもあるくらいだ。今回コラムを書くにあたって、頭に浮かんだ作品タイトルのテーマ曲を口ずさめるかどうか試みた。『ゴッドファーザー』、『ロッキー』、『スター・ウォーズ』...。タイトルを思いつくや瞬時にテーマ曲が頭の中に鳴り響く。今日紹介する名作にも、例外なく素晴らしいテーマ曲が存在する。有名な曲なので、映画は見たことがなくともテーマ曲は聞いたことがある方もいるのではないだろうか。僕の場合も、テレビCMか何かで子供の時分より知っていて、「あ、この映画のテーマ曲だったんだ!」と発見したのは大人になってからだった。ただそれは自然な成り行きで、大人の恋愛を綴った本作品を観賞し、「最高!」などと絶賛する子供がいたとすれば末恐ろしい。

『男と女』
過去にスタントマンである最愛の夫を事故で失ったアンヌ(アヌーク・エーメ)は娘をドーヴィルの寄宿学校に預け、パリで一人暮らしをしていた。ある日アンヌは娘の面会に出かけるが、帰りの列車に乗り遅れてしまう。そんな彼女に、ジャン・ルイ(ジャン=ルイ・トランティニャン)という男性がパリまで車で送ると申し出てくる。レーサーを職業とするジャンもまた不幸な事件で妻を亡くし、息子を寄宿学校に預けていたのだった。お互いの過去を知った二人は次第に引かれていく。そして命がけのレースから生還したジャンに、アンヌは愛を告白するのだが...。

テーマ曲をはじめ、全編通して流れるフランシス・レイの曲の数々や、主人公の夫役で出演もしているミュージシャン、ピエール・バルーが歌うフレンチ・ボッサが、まるで写真を見るかのようなセピア色の映像と相まって、どことなくもの悲しい男と女の物語を盛り上げる。元々ブラジルの音楽であるボサノヴァだが、例のラテンビートにフランス語の鼻にかかるような発音が絡むと、コケティッシュで、アンニュイな音楽に生まれ変わるから不思議だ。また音楽に負けず劣らず素晴らしいのがアヌーク・エーメの演技である。"目は口ほどに物を言う"と言いうが、時に冷たく、時に優しい、アヌーク・エーメの瞳は揺れ動く女性の心を見事に映し出している。

虫の声が心地いい秋の夜は、大好きなサム・ペキンパーよりも、
こうしたしっとりした映画が見たくなる。

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『男と女』
監督:クロード・ルルーシュ
音楽:フランシス・レイ
出演:アヌーク・エーメ、ジャン=ルイ・トランティニャン、ピエール・バルー
制作年:1966
製作国:フランス
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vol.89 『バッタ君町に行く』 by 杉田洋子


8月のテーマ:虫

前回の浅野に負けず劣らず、私も虫は苦手である。爬虫類は大好きだが、虫は嫌
いだ。蚊に至ってはこの世から消えればいいと小学生のころから思い続けている。
血を分けてやってるのに恩を仇で返すとはこのことだ。ついでに脂肪吸引なり、
コラーゲン注入なりして飛び去るのが礼儀というものではないか。そして残暑の
今、四方八方で突発的に爆発する"セミ爆弾"にビクビクする日々を送っている。

...などという私情はさておき、2回とも虫を敵視した映画ではちょっとフェアじゃ
ない気もするので、できるだけ虫が好きになれそうな作品を選んでみた。
クラシックなディズニーアニメ風のこの作品。スタジオジブリが配給している。制
作は1930年代を通じてディズニー最大のライバルだったというフライシャー・スタジ
オ。なるほど、どおりで。私たちにもなじみの深い『ベティ・ブープ』や『ポパイ』
などを世に送りだしたスタジオである。

公式サイトによると、"1937年にディズニーがカラー長編『白雪姫』を手がけた
のをきっかけに、フライシャーも長編制作に乗り出し......1941年暮れの真珠湾攻
撃の直後に長編第2作『バッタ君 町に行く』を公開する。しかし興行がふるわず、
経済的な理由によりフライシャー兄弟はスタジオを去り..."とある。

時代の荒波に飲まれてしまった良作に、今ジブリが再びスポットを当てたのだ。

さて、主人公は正義感が強くおっちょこちょいのバッタ、ホビティ(♂)。可愛い
ミツバチのハニーとは恋人同士。ホビティらの集落は都会の草むらにある。しかし
囲いが壊れたために人間たちが侵入し、平和な生活が脅かされることに。一方で、
安全な高台を独占し、ハニーを狙う悪役ビートルが、何かとホビティを陥れようと
する。数々の試練を乗り越え、ホビティは無事集落を守れるのか、そしてハニーと
の恋の行方は...!?

という、大枠はいわばお決まりの構図だが...
良かれと思ってしたことがうまくいかなかったり、仲間の信頼を失ったり、絶望の
淵に立たされた時の苦悩や奮起のプロセスは、バッタごととは思えぬほど共感して
しまうのである。

さらに『トムとジェリー』を彷彿とさせる、スリリングな音と画の競演が楽しい。
気になって調べてみると、『トムとジェリー』を制作したヴァン・ビューレン・スタ
ジオは、フライシャー・スタジオの向かいにあり、スタッフがヘルプに行ったりして
るうちに、2社の作品に類似点が見られるようになったそうだ。

私たちが小さな虫を恐れるよりずっと深刻に、人間たちの脅威にさらされる虫た
ち。こうして立場が逆転してみると、しかもこんなにかわいく描かれてしまうと、
なんだか虫にすまなさや愛しさすら覚える。

"頑張れ、虫!"、"危ない、よけるんだ!"

なんて、手のひら返したように虫を応援してしまうのだ。メディア操作に踊らされ
ているような気持ちになりながらも、今一度虫との付き合いを見つめ直せそうな...。

だが何よりも心に残ったのは、最後の方で虫たちがムスカじみたセリフ(「天空の
城ラピュタ」より)を吐いた瞬間であった。気になる方は、ぜひご覧ください。

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『バッタ君町に行く』
監督:デイヴ・フライシャー
製作年:1941年
製作国:アメリカ
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vol.88 『世界が燃えつきる日』 by 浅野 一郎


8月のテーマ:虫

世の中は、すっかり"夏休み"モード。今年の夏は異例の猛暑とのことで、いつもよりも、夏を強く感じる今日この頃である。

さて、今月のテーマは「虫」 いきなりで恐縮だが、僕は「虫」があまり好きではない。あまり好きでないどころではない筆頭に上がるのが"ゴキ●リ"好きでない、あるいは嫌いを通り越して、もはやフォビアに近く、文字で書くのも嫌なので、これより先、"ゴキ●リ"のことは"ゴ"と表記することにする... (正直言って、"ゴ"と"キ"と"リ"の文字列が並んでいるだけでも、少々、気分が良くない)

話は"夏"に戻るが、僕の夏休みの生活で一番の楽しみだったのが、月曜日から金曜日・午後2時からの枠で放送されていた映画の時間。そこで放映される映画を毎日のように観ていたのだが、その後の人生に強烈なインパクトを与えることになる映画が、『世界が燃えつきる日』だ。

ストーリーは、70年代~80年代にかけて流行った、"核戦争後の世界"モノ。少数の生き残った人たちが生存をかけて奮闘するというものである。ストーリーはさておき、この映画の何が今月のテーマに合致するのかというと、サソリなどの虫が登場することだ。言うまでもないが、核戦争後の世界を描いた映画につきもので、サソリはなぜか巨大化している。

そして、サソリの他に登場するのが、人喰い"ゴ"。巨大化こそしていないものの、数が尋常ではない... 明らかな意図を持って、生存者たちを襲う"ゴ"の大集団... 大量の人喰い"ゴ"が人に襲い掛かり、皮膚を食い破り、体の中に入って内臓を食い破る。僕の"ゴ"フォビアは、この映画に起因しているようだ。このシーンがトラウマになっているらしく、今でも"ゴ"が家に出たりすると、少なくとも同じ建物からは退避して、誰かが退治してくれるのを待つ。そして、数週間は、かすかな物音にも怯えて暮らす日々が始まるのだ。僕は比較的怖いと思うものが少ないほうだと思う。だが"ゴ"だけは、何があろうとも克服できそうもない...

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『世界が燃えつきる日』
監督:ジャック・スマイト
原作:ロジャー・ゼラズニイ
出演:ジョージ・ペパード、ジャン=マイケル・ヴィンセント、ほか
製作国 アメリカ
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