11月のテーマ:オモテとウラ
すっかり寒くなりましたね。冬が苦手な道産子、杉田です。
11月一発目の今回は、現在公開中のスペイン語映画
『パンズ・ラビリンス』をご紹介します。
"ダーク・ファンタジーの傑作"とうたわれるこの作品。
私は"ファンタジー"という言葉と、黄金色に輝く美しい広告(※)にどこか油断して映画館へ出かけました。でも実際に上映が終わってみると、私の体は硬直し、すぐに腰が抜けそうなほどの脱力感を覚えました。
見ている間中、"自分の裏側が誰かに見つかるんじゃないか"という恐怖に襲われていたのです。一口にファンタジーと言ってもその分類や定義は曖昧で多岐にわたるためここで深く考察はしませんが、実際にこの作品を見れば、"ダーク・ファンタジーとはこういうことか"、と妙に納得してしまうのではないかと思います。
舞台は第二次世界大戦が終結に向かう1944年のスペイン。内戦で勝利したフランコ将軍による軍事独裁政権と、反対勢力のゲリラとの闘争が続く混沌の世です。本が大好きな主人公の少女オフェリアの身にもその影響は深く浸透していました。父親を内戦で亡くした彼女は、母親の再婚相手であるビダル大尉のもとに引き取られることになります。大尉はフランコ側のゲリラ掃討を指揮する残忍な男でした。
主役はあくまでも子供のオフェリアですが、私はむしろ過酷な現実を生きる大人たちの人間模様に惹きつけられました。誰が敵で誰が味方かも分からぬ恐怖の中で、表と裏の顔を使い分け、命をつなぐ大人たち。従順な臣下として憎き勝者に仕えながら、内通者として命がけでゲリラを支援する。大人たちは、憎しみや悲しみを内にため、現実の中で表と裏を行き来します。
一方、子供であるオフェリアの裏の世界は、現実とは一線を画した幻想的な世界。幻想というと神秘的で美しいイメージがありますが、彼女が足を踏み入れた世界は、夢見がちな少女が描くおとぎの世界では済みません。その世界は時に現実以上に恐ろしくグロテスクにさえ映ります。その先に約束された美しく平和な世界を求め、少女は裏の世界でも恐怖に満ちた試練を体験することになるのです。
ギリギリまで追い詰められた人間たちは、まるで熟れた果実がはじけるように敵に腹を見せます。守り続けてきた裏側をさらけだして抵抗し、闘う覚悟を決める瞬間です。たとえそれが最初で最後の闘いになるとしても。その時が来るまで、表の自分はきれいな顔をして、必死に裏の自分をかばってる。世の中の真実は犠牲となった表の顔で埋め尽くされているけれど、個人の真実はいつも裏にあるのかもしれません。
最後に裏にちなんで「裏腹」という言葉の意味を調べてみたので、ここに記して結びとします。
裏腹
<背と腹、裏と表、の意>
(1)正反対な・こと(さま)。あべこべ。
「言うこととやることが裏腹だ」
(2)背中合わせ。となり合わせ。
「死と裏腹」
端的で奥深い言葉ですね。
※黄金色の画と作品情報はこちらでチェック!
「パンズ・ラビリンス」公式サイト
http://www.panslabyrinth.jp/
映画館から帰ったら、ファンタジーの定義を調べてみよう!
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『パンズ・ラビリンス』
出演: イバナ・バケロ、セルジ・ロペス、
マリベル・ベルドゥ 他
監督・脚本: ギレルモ・デル・トロ
製作年: 2006年
製作国: メキシコ=スペイン=アメリカ
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11月のテーマ:オモテとウラ
今月のブログテーマは"表と裏"。翻訳者という仕事柄、言葉や文字の意味について考える機会が多い僕だが、"表"よりも"裏"という言葉になぜか心引かれてしまう。裏話、裏社会、裏金、舞台裏、裏口。"裏"には絶えず秘密や悪、タブーといったイメージが付きまとう(注:映像翻訳における"裏取り"は除く)。知ってはいけないことや見てはいけないことほど、"知りたい"、"見たい"と思うのが人間の心理ではないだろうか。魔力とも呼ぶべく何かが"裏"には宿っている気がする。
前置きはさておき、今日は、そんな"裏"に取りつかれた男の好奇心を軸に、ありふれた日常をスリリングなサスペンスドラマに仕立て上げた、アルフレッド・ヒッチコック監督の作品、『裏窓』を紹介しよう。
主人公であるカメラマンのジェフは、骨折治療のため車椅子での生活を余儀なくされていた。楽しみといえば、窓から見える向かいのアパートの住人たちの観察。ピアノを奏でる作曲家、テラスで寝る中年夫婦、美しいバレリーナ、病床の妻と亭主、寂しきオールド・ミスなど...。十人十色の生活を望遠レンズで覗き見することにジェフは喜びを感じていた。そんなある日、病床の妻と亭主の部屋に異変が起こる。降りしきる大雨の夜、大きなカバンを抱えた亭主が人目を忍ぶように外出した。その翌日、寝たきりのはずの妻の姿は消え、代わりに、なぜか肉きり包丁を持ってうろつく、亭主の姿が見受けられたのだ。「もしや?」ジェフの頭の中で、恐ろしい妄想が膨らむ。彼は亭主の行動を監視し始めた。やがて監視は度を越えていく...。
ヒッチコックは人間の感情を操る"魔術師"である。光や影、独特のカメラワークといった"魔術"で、見る者の感情を巧みに操作するのだ。劇中、血や死体、暴力シーンなどは一切登場しない。また、ストーリーはいたってシンプルだ。それにも関わらず、観客の恐怖心や不安感をあおり立て、次第に追い詰めていくヒッチコック。サスペンスファンはもちろん、そうでない方も、秋の夜長、手に汗握ってみてはいかがだろうか。
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『裏窓』
出演:ジェームズ・スチュワート、グレイス・ケリー他
監督:アルフレッド・ヒッチコック
脚本:ジョン・マイケル・ヘイズ
製作年:1954年
製作国:アメリカ
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11月のテーマ:オモテとウラ
先日AFIロサンゼルス国際映画祭に行ってきました。そこで見た映画が素晴らしかったので、ご紹介します。
舞台は第二次世界大戦さなかのドイツ、ザクセンハウゼン強制収容所。そこではユダヤ人技術者を使ったナチスによる史上最大の紙幣贋造事件"ベルンハルト作戦"が秘密裏に遂行されていました。ナチスの狙いは敵国イギリス、ひいてはアメリカの経済を破綻させること。作戦が成功すれば戦況はナチスに有利になり家族や友人を裏切ることになる。失敗すれば容赦なく射殺される。果たして彼らの運命は...。
映画の原作は、実際に贋造に従事したアドルフ・ブルガー氏による手記『ヒトラーの贋札 悪魔の仕事場(仮)』。11月3日にご本人が来日して映画のPRを行っていたので、ご存知の方もいるかもしれません。日本では朝日新聞社より2008年1月に発売が予定されているそうです。本作のストーリーは彼の証言をもとに少し脚色を加えたフィクション。当事者の揺れ動く感情や葛藤、そして当時の状況をリアルかつドラマチックに描いている秀作であり、ドイツ・アカデミー賞では主要7部門にノミネート、第80回米アカデミー賞外国語映画賞 オーストリア代表作品に選ばれています。
今月のテーマに話を移すと、映画の中には、当時のドイツの表と裏が読み取れるこんなシーンがあります。
贋造に携わったユダヤ人は、人間としてそれなりの待遇を受けていました。食事やベッドはもちろん、息抜きの時間まで与えられていたのです。他のユダヤ人が容赦なく惨殺されていく中、これは異例と言って間違いないでしょう。
しかし、強制収容所の指揮官が、ベルンハルト作戦のリーダーである主人公サロモン・ソロヴィッチを自宅に招待した時、指揮官の妻はサロモンを見て、こんな発言をします。
「連合国はナチスがユダヤ人を虐待してると非難するけど、彼を見ればユダヤ人の待遇の良さが分かるわね」と。
当時の国民がいかに無知であったかを物語るセリフです。日本でも同じようなことがありましたが、連合国はナチスの残酷さをドイツ国民に知らせようと、強制収容所の現状を記したビラを空から撒いたりしていました。ドイツ国民は、完ぺきであるはずのナチスの裏を知ったわけです。しかし、国民はそれを信じませんでした。
夫が強制収容所で働いているにもかかわらず、彼女もナチスの現実を知りません。ドイツ国民は何も知らされず、ナチスは素晴らしい政権だと信じていたわけです。幸せなドイツ人の生活には裏の側面がありました。しかし、国民はその裏の存在すら知らず、ただただナチスを信じていたのです。
これほどまで国民を狂わせ、多くの人々に悲しみをもたらす戦争。戦地にいる者も、人を殺せば殺すほど英雄になれるという狂気の中で、人格までもが変わってしまいます。戦争のおろかさを実感するとともに、無知であることの恐ろしさを感じます。
史実であるにもかかわらず、世間的にはあまり知られていないこのベルンハルト作戦。本作の監督の話によると、罪悪感から当事者たちがあまり話をしたがらないことに理由だそうです。戦争を知らない世代が8割を超える現代の日本。同じ過ちを繰り返さないためにも、過去を知る者はそれを後世に伝え、その後を担う者は過去を知り、現実を直視する必要があるように思います。
日本公開は2008年1月19日です。
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『ヒトラーの贋札』
出演: カール・マルコヴィックス、アウグスト・ディール 他
監督・脚本:ステファン・ルツォヴィツキー
原作:アドルフ・ブルガー
製作年: 2007年
製作国: ドイツ/オーストリア
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