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vol.20 『裏窓』 by 藤田庸司


11月のテーマ:オモテとウラ

今月のブログテーマは"表と裏"。翻訳者という仕事柄、言葉や文字の意味について考える機会が多い僕だが、"表"よりも"裏"という言葉になぜか心引かれてしまう。裏話、裏社会、裏金、舞台裏、裏口。"裏"には絶えず秘密や悪、タブーといったイメージが付きまとう(注:映像翻訳における"裏取り"は除く)。知ってはいけないことや見てはいけないことほど、"知りたい"、"見たい"と思うのが人間の心理ではないだろうか。魔力とも呼ぶべく何かが"裏"には宿っている気がする。

前置きはさておき、今日は、そんな"裏"に取りつかれた男の好奇心を軸に、ありふれた日常をスリリングなサスペンスドラマに仕立て上げた、アルフレッド・ヒッチコック監督の作品、『裏窓』を紹介しよう。

主人公であるカメラマンのジェフは、骨折治療のため車椅子での生活を余儀なくされていた。楽しみといえば、窓から見える向かいのアパートの住人たちの観察。ピアノを奏でる作曲家、テラスで寝る中年夫婦、美しいバレリーナ、病床の妻と亭主、寂しきオールド・ミスなど...。十人十色の生活を望遠レンズで覗き見することにジェフは喜びを感じていた。そんなある日、病床の妻と亭主の部屋に異変が起こる。降りしきる大雨の夜、大きなカバンを抱えた亭主が人目を忍ぶように外出した。その翌日、寝たきりのはずの妻の姿は消え、代わりに、なぜか肉きり包丁を持ってうろつく、亭主の姿が見受けられたのだ。「もしや?」ジェフの頭の中で、恐ろしい妄想が膨らむ。彼は亭主の行動を監視し始めた。やがて監視は度を越えていく...。

ヒッチコックは人間の感情を操る"魔術師"である。光や影、独特のカメラワークといった"魔術"で、見る者の感情を巧みに操作するのだ。劇中、血や死体、暴力シーンなどは一切登場しない。また、ストーリーはいたってシンプルだ。それにも関わらず、観客の恐怖心や不安感をあおり立て、次第に追い詰めていくヒッチコック。サスペンスファンはもちろん、そうでない方も、秋の夜長、手に汗握ってみてはいかがだろうか。

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『裏窓』
出演:ジェームズ・スチュワート、グレイス・ケリー他
監督:アルフレッド・ヒッチコック
脚本:ジョン・マイケル・ヘイズ
製作年:1954年
製作国:アメリカ
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