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vol.27 『緑の光線』&『青の時間』 by 石井清猛


2月のテーマ:デトックス

スイスのローザンヌ付近を通るハイウェーの路肩に車を止め、ロケを始めた撮影クルー。そこに警察官が近づいてきて「ここは緊急時しか駐車してはならない」と注意したところ、現場を指揮していた監督はこう答えます。
「この光は10秒しかもたない。今撮影することが重要なんだ。これは十分緊急事態だ。」

この、ある短編ドキュメンタリーの1シーンで、監督は警察をからかっているのでも、はぐらかそうとしているのでもありません。彼が大まじめだということは、今回ご紹介する2本の映画をご覧になったことのある方ならきっとお分かりだと思います。
『緑の光線』そして『青の時間』と呼ばれるそれらの作品は、ハイウェーで思わず車を止めてしまった彼とは別の監督の手によるものですが、そこには映画の"緊急事態"が驚くほどあっけなく、かつ感動的に捉えられているのです。

フランス映画界の重鎮の1人に数えられながら、新作を撮るたびにその作品の瑞々しさで世界を驚かせるエリック・ロメールが1980年代に相次いで発表したのが、『緑の光線』と『青の時間』でした。(先ほど2本と書きましたが、正確には"1.25本"でしょうか。実は『青の時間』は単独の作品ではなく、『レネットとミラベル 四つの冒険』というオムニバス作品の1エピソードなので...。)
撮影時期も近くテーマも類似しているため、多くの観客から"姉妹品"とみなされているこの2作品は、"バカンスの作家"ロメールの真骨頂とも言うべき傑作です。

『緑の光線』の主人公デルフィーヌは、内気で頑固なベジタリアン。パリで働く彼女は一緒にバカンスに行く予定だった友人からドタキャンを食らい、理想のバカンス(=人生)を求めて7月の日差しの中をさまようことになります。そんなある日、浜辺の歩道を歩く彼女が偶然耳にしたジュール・ヴェルヌの小説「緑の光線」の話。沈む太陽が最後に放つ緑の光が幸福をもたらすというのです。果たして、孤独なデルフィーヌのバカンスの行方は...?

『レネットとミラベル 四つの冒険』は2人の少女の冒険と友情を描いたオムニバス映画。最初の作品である『青の時間』でレネットとミラベルは出会い、親友となります。パリ郊外の田舎町に住むレネットは画家志望の夢想家。彼女はある日、道端で自転車がパンクして途方に暮れていたミラベルと出会い、すぐに意気投合。そしてミラベルにとっておきの話を打ち明けます。夜明け前の一瞬、世界から完全に音が消えてなくなる"青の時間"が訪れるというのです。果たして、2人の冒険の行方は...?

ほら、非常によく似てるでしょ(笑)。

ロメール作品のクセになる魅力をここですべて数えていくことはしませんが、大きな特徴の1つとして、その独特な時間感覚が挙げられるように思います。

例えば『緑の光線』ではデルフィーヌが過ごす退屈なバカンスの様子が淡々と描かれる中で、時おり何かの"予感"のようなシーンが差し挟まれます。
デルフィーヌが道端で何気なく(というかいかにも白々しく)落ちているトランプのカードを拾ったり、シェルブールの森を奥へとずんずんと歩いていったりする時、観客はそれまで淡々として、一定のペースだった時間の流れが少し歪むのを感じることでしょう。

同じ時間なのに長かったり短かったり、あるいは密度が濃かったり薄かったり感じることはよくありますが、ロメールはそんな奇妙な時間感覚の変化を映画の中で実にあっさりと、実に見事に描写していきます。そんなシーンを見る時、私たちはまるで時間を"物"として触っているような感覚に陥るのです。

そして決定的な瞬間が訪れる時、時間はもはや歪むのをやめています。過去とつながった時間が伸びたり縮んだりしているのではなく、そこにあるのは全く新しい時間です。

軽く自家中毒になりかけていて時に見る者をイラ立たせる人物を淡々と描きつつ、不意にやってくる最高の"デトックス"の瞬間が仕掛けられたロメールの新作を、私たちはやはり、いつまでも待ち続けることになるのしょうね。


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『緑の光線』
出演: マリー・リヴィエール他
監督、脚本: エリック・ロメール
撮影:ソフィー・マンティニュー
製作年: 1985年
製作国: フランス

『レネットとミラベル 四つの冒険』
出演: ジョエル・ミケル、ジェシカ・フォルド他
監督、脚本: エリック・ロメール
撮影:ソフィー・マンティニュー
製作年: 1986年
製作国: フランス
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