今週の1本

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2008年7月 アーカイブ

vol.36 『サン・ジャックへの道』 by 藤田奈緒


7月のテーマ:自然

近年、山歩きがブームとなっていますが、この夏は富士山に登ってやろうと目下、計画中です。しかし、普段運動とは無縁の私がいきなり山登りなど無茶な話。ひとまず練習を積むべく向かったのは、富士山と並ぶミシュランの三ツ星観光地、高尾山。新宿から電車に揺られて50分、あっという間に到着です。

高尾山口の駅に降り立つと、駅前の広場は、登山靴を履いてストックを持った老若男女で溢れかえっていました。気軽にピクニック気分だったのに、もしや意外と本格的!?一瞬ひるみましたが、気を取り直して登山開始。沢沿いのコースを進みます。

鬱蒼と木が生い茂る森の中を歩いていると、気づけば無心になっている自分がいました。一歩一歩、土を踏みしめて歩き、大きくうねる木の根っこを1つ1つ越えていく。ホトトギスの声に耳を傾け、草の間を走り抜けるリスの数を数えたり、小学校の理科の教科書に載っていたであろう昆虫の卵を発見したり。長らく使うことを忘れていた感覚が呼び覚まされたとでも言いましょうか、広い宇宙の中にいる自分を俯瞰して見ているような、何とも不思議な感覚を味わいました。心の中はいつになく穏やかです。

『サン・ジャックへの道』で様々なバックグラウンドを持つ9人の男女が歩くのは、フランスのル・ピュイからスペインの西の果て、聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラまでの1500キロにも及ぶ巡礼路。聖地を目指し、果てしなく広がる自然の中をひたすら歩く中で、それぞれの抱える問題が浮き彫りになり、やがて解決されていきます。"歩く"ことによって、彼らは自分自身と深く向き合い、心の中の葛藤を乗り越え、それまでとは違う自分を自ら見出します。そして、それぞれがモメている時には霞んでいた背景の美しい景色は、それぞれがハッピーになった時にやっと、本来の美しさを主張し始めるのです。(実際、舞台となった南ヨーロッパの大自然の美しさは素晴らしいの一言!)

ところで、1時間半のお気軽登山コースを息を切らせながら登りきった私。山頂のビアガーデンがまだクローズ中で、楽しみにしていたビールにありつけず意気消沈。しりとりをしながら駆け足で下山し、現実世界へと戻りました。

でも、一度はホトケの心を手に入れることに成功したのだから、近いうちにまた、あの感覚を味わってみたいもの。ただし今度行くのは、ビアガーデンがオープンしているかどうかちゃーんと調べてからですけどね。

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『サン・ジャックへの道』
監督:コリーヌ・セロー
出演:ミュリエル・ロバン、アルチュス・ド・パンゲルン他
製作年:2006年
製作国:フランス
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vol.37 『ICE』 by 潮地愛子


7月のテーマ:自然

私がまだ少女だった頃、いわゆる少女小説にはまった時期がある。その頃読んだものに、今でも強烈な印象が残っている作品がある。一週間後に地球が隕石の衝突で滅亡するという設定で、その最後の一週間、人々はどう過ごすのかが描かれていた。主人公は恋人に会いに旅に出る。そして、登場人物の1人である受験生は何をするかといえば、秩序など失われ世の中が混乱に陥っている中、ただただ受験勉強を続ける。それしかできることがないからだ。

地球が滅亡する時、あなたはどうするだろうか?

秋元康原作・小林誠監督作品のアニメ『ICE』で描かれているのも、滅亡へ向かっている世界だ。男性は死に絶え、残されたのは女性だけ。そこに生きるのは滅びの運命を受け入れ、享楽的に過ごすキサラギ家の者たちと、科学の力によって存続する手段を求める衛士たちだ。その2つの勢力は「男なしに男を生み出す」ことを可能にするICEという結晶をめぐり、対立を深めていく。

ICEの世界で滅びの原因となったのは環境の劇的な変化と未知の汚染物質だ。監督のコメントには、要約するとこんなことが書いてあった。「人類が滅ぶとなった時に、その原因を作った人がいる。そして、なんでそんな原因を作るようなことをやってしまうのかというと、隣の人とのつながりを考えていないから。回りまわって自分に返ってくるということを思考する機能が停止しているんじゃないか」

子供の頃、プールでおしっこしたら、そのプールが汚いと自分で分かってるから結局は楽しめなくなるよ、だからそんなことしたらダメだよ、と先生に言われた記憶があるが、きっとそういうことなんだろうと思う。

地球はいつか滅亡してしまうだろうけど、隣の人のことを考えることで、つまり自分以外の誰かのことを考えることで、滅亡までの時間を延ばすことはできるのかもしれない。でも、それでも隕石の衝突で1週間後に地球が滅亡するとしたら、私も昔読んだ小説の主人公のように、会いたい人を訪ねたい。そして、誰かに最後に会いたいと思うような人になりたいと思う。

キサラギ家当主のキサラギは言う。
「大いなる自然の一部として存在している私たちが、
滅亡もまた運命と受け入れるのは、まさに道理というものです」

存続を願うジュリアは言う。
「幸せな運命論者よ! 愛する者と共に逝くがよい!」

あなたなら、どうしますか?

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『ICE』
監督:小林誠
企画・原作:秋元康
製作国:日本
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