今週の1本

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2008年8月 アーカイブ

vol.38 『バグダッド・カフェ』 by 柳原須美子


8月のテーマ:太陽

"退屈な時間"で彩られた、私の学生時代。手帳は、予定を書くためではなく、何も約束されていない一日に起こった出来事を書き留めるためのものでした。日々、何を期待するでもなく、また何に失望するでもなく、ただ、過ぎていく時間に身を任せていたあの頃。"退屈"がもたらしてくれる時間に何となく興奮しながら日々を過ごしていました。"退屈"という言葉は、状況によって様々なニュアンスを持つと思いますが、ここで私が言う"退屈"は限りなくポジティブな意味を持ちます。そんなとびきり"退屈"な時間を共に過ごした仲間から薦められて見た映画「バグダッド・カフェ」について、ちょっと語らせてください。

この映画を語るのに欠かせないのは、ジェヴェッタ・スティールが歌う主題歌「コーリング・ユー」、そして登場人物を表情豊かに照らす太陽の光でしょう。この映画で描かれているのは、平たく言えば"バグダッド・カフェ"というさびれたモーテルで繰り広げられる"きっとどこにでも有り得る退屈な日常"であり、物語自体はとても淡々と進んでいきます。しかし本作を観ていると、日常とはとても鮮やかで、驚きと発見に満ちたものだということに気づかされます。登場人物の心を読むかのように降り注ぐ太陽の光、そして随所で挿入される主題歌が、そんな素敵な発見へと観る者を導いていてくれるからです。

ここで冒頭部分を少しご紹介しましょう。

映画は、車でラスベガスに向かうドイツ人夫婦がケンカ別れするところから始まります。1人、車を降り、砂漠の一本道を歩き始める夫人のジャスミン。ここでいきなり「コーリング・ユー」が流れ出します。まるで、ジャスミンの背中を押すかのように。
ちょうど2度目のサビにさしかかったところで、ジャスミンはふと足を止め、空を見上げます。そこでジャスミンの目に映ったのは、空に瞬く太陽の光でした。ジャスミンは静かに来た道を振り返り、何かを決意したかのようにまた空を見上げます。そして深呼吸をし、再び歩き始めます。尺にして実に1分足らずのこのシーン。観るたび、涙で鼻の奥がツーンとしてしまうのはなぜでしょうか。このシーンでジャスミンは、ただ歩いていただけなのです。

やがてジャスミンはバグダッド・カフェに辿り着き、女主人のブレンダと子供たち、そして周囲の住民との人間関係を築いていきます。その過程で、小さな事件は起こったりしますが、それらはすべて日常レベルの出来事。息を飲むような展開はどこにもありません。しかし、淡々と続いていく彼らの日常に引き付けられてしまうのはきっと、そこに太陽と主題歌があるから。人生とは決しておおげさなものではないのだろうけど、ちょっと視点を変えるだけで驚きに満ち溢れたものになるんだと思わされます。人知れず懸命に生きる人々の表情は、太陽の光に照らされてドラマチックに浮かび上がり、また、各シーンに寄り添う主題歌が、光の動きとやけにマッチしていて、思わず涙が出そうになるのです。

この映画は日々の生活に刺激が欲しくなった時にこそ観るべき!
「バグダッド・カフェ」を観て、退屈な日常にちょっと興奮してみませんか?

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『バグダッド・カフェ』
監督:パーシー・アドロン
出演:マリアンネ・ゼーゲブレヒト、CCH・パウンダー他
製作年:1989年
製作国:西ドイツ
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vol.39 『ワイルドバンチ』 by 桜井徹二


8月のテーマ:太陽

西部劇というのは、開拓時代を描いた物語だ。もちろん今では開拓時代は終わりを告げ、銃ですべてが解決される時代は過ぎ去っている。開拓すべき西部はなく、その時代を生きた人々は誰一人残っていない。

言い換えれば、西部劇はすでに消滅した時代の物語であり、そこに登場する人々には、初めから終わりが約束されている。そしてその避けがたい終末の響きこそが、西部劇の魅力でもある。

『ワイルドバンチ』で強盗団を率いる主人公パイクも、もはや銃と暴力に頼って生きる時代が過ぎ去りつつあることを悟っている。だが彼らは生き方を変えることなく、破滅を予期しながらも自らの生き方が貫ける場所を求め、西部を駆け抜ける。

その生き方は、あたかも西へと沈みゆく太陽を追い越そうとしているかのようにも見える。彼らは太陽がいずれ沈むことを知りながらも、かつて頭上から自分たちを明るく照らしていた太陽を追いかけ、追い越そうともがく。

映画は、パイクたち強盗団が馬に乗って砂ぼこりの舞う町へ現れるシーンから始まる。狙いは鉄道会社のオフィスだ。彼らは無言で馬を進め、やがて一軒の建物の前で馬を止める。その建物の看板には大きく THE SUN と書かれている。その場所から、彼らの勝ち目のない戦いが始まるのだ。

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『ワイルドバンチ』
監督:サム・ペキンパー
出演:ウィリアム・ホールデン、ロバート・ライアン他
製作年:1969年
製作国:アメリカ
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