5月のテーマ:旅
翻訳者は言葉が持つニュアンスに敏感であるべきだ。例えば"旅"と"旅行"という単語の意味、定義について考えてみる。辞書においては、旅は「住む土地を離れて、一時他の土地に行くこと。旅行」とあり、旅行は「徒歩または交通機関によって、おもに観光・慰安などの目的で、他の地方に行くこと。旅」となっていて、ほとんど違いはない。では、なぜ修学旅行を"修学旅"、放浪の旅を"放浪の旅行"とは言えないのか?それは言葉の持つニュアンスが存在するからだ。旅にはどことなく"自由"というニュアンスがあり、旅行には"計画性"のようなものが含まれている気がする。同じ「他の地方に行くこと」にしても"気まま"とか"行き当たりばったり"がなければ、それは旅ではなく旅行だし、すべてにおいてきちんと仕切られた旅は旅行と呼ぶべきではないだろうか。今回は旅映画と呼ぶにふさわしい"気まま"や"行き当たりばったり"満載の作品を紹介しようと思う。
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』
ニューヨークに住むウィリーのアパートに、ある日、故郷ハンガリーからいとこのエヴァが訪ねて来る。アメリカでの生活を送るため、クリーブランドに住むおばの家へ行く予定だったエヴァを、おばが急きょ入院することになったため、しばらくの間預かることになったのだ。最初はギクシャクするウィリーとエヴァだが、やがてウィリーの友人エディーを交えた奇妙な友情が芽生えていく。やがて、おばの回復に伴いクリーブランドに旅立ったエヴァ。一年後、急に思い立ったウィリーとエディーは、エヴァと再会を果たすべくクリーブランドへと車で出発する。
派手なセットもなく、セリフも少ないうえ、淡々と進む物語だが、どことなくコミカルで、ほのぼのとした雰囲気が漂う本作。ストーリーはすべて思いつきと行き当たりばったりで展開されていく。旅に出るウィリーとエディーには計画性のかけらもなく、イカサマポーカーで巻き上げた金で、思いつくや否やクリーブランドへ出発。突然の訪問に驚くエヴァを誘い、今度は思いつきでフロリダへ。もちろん理由などない。そしてフロリダでは負けた時のことも考えず、有り金すべてをギャンブルにつぎ込む。いい加減でだらしないとも言えるが、彼らには気持ちいいほどの自由と不思議な生命力が溢れている。観るたびに、ふらりとどこか遠くへ旅したくなる作品だ。
最近待望のDVD化を果たしたジム・ジャームッシュの初期作品たち。不朽の名作『ダウン・バイ・ロー』と共に、是非チェックしたい一本だ。
─────────────────────────────────
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』
出演:ジョン・ルーリー、エスター・バリント
監督:ジム・ジャームッシュ
製作年:1984年
製作国:アメリカ/西ドイツ
─────────────────────────────────