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2009年6月 アーカイブ

vol.59 『ロングバケーション~Long Vacation~』 by 浅川奈美


6月のテーマ:憂鬱

今月のお題は、何と「憂鬱」。
これとオススメ作品をはて...どうむすびつければいいものか。

「気がはればれしないこと。気がふさぐこと」を広辞苑では憂鬱という。
さして特別な感情ではない。

「私は●●だから憂鬱です」と理由が明確であるときもあれば、
「なんだか憂鬱」と漠然としたモヤモヤ感が体中充満してたり。
今この瞬間にも、地球上、何千何億の憂鬱が沸いては消えているのだろう。

北川悦吏子脚本の『ロングバケーション~Long Vacation~』。
男女の憂鬱がこれほどまで巧みに描写された作品はあっただろうか。
放映から13年経った今でも私にとって最高傑作のひとつである。


街からOLの姿が消えると言われていた月9(月曜午後9時)全盛期、1996年。
フジテレビ系列月曜9時枠で4月~6月に放映された大ヒット恋愛ドラマだ。
主演は山口智子と木村拓哉。
その他、竹之内豊、稲森いずみ、松たか子、りょうと今じゃ主役級の俳優陣が名を連ねる。
平均視聴率は29.6%、最高視聴率36.7%を記録した。


白無垢姿で街中を疾走してきた花嫁・南が、瀬名のマンションに怒鳴り込んでくる。
まずあり得ない強烈なオープニングに度肝を抜く。
しかしその後は、初夏の優しい時間の中、登場人物が織り成す何気ない日常の会話を中心に、緩やかに展開する物語。
それぞれの憂鬱を抱えながらも、ひとつまたひとつ言葉を重ねる。
笑い、泣き、時にはぶつかり、互いの心の痛みを少しずつ理解していき、
やがて惹かれ合うようになる南と瀬名...。

ただその恋の展開はじれったくなるほどゆっくり。直面している状況、先の見えない人生、抱える不安をむしろ丁寧に描いていくのだ。そしてひとつの奇跡へと物語は進んでいく...。

素晴らしいのは、その人ととなりを的確にとらえたセリフが絶妙のタイミング発せられる。
セリフ、画、音楽が溶け合い、生み出される登場人物の魅力は、画面上だけで留まらず、観る者の心にもしみこむ。

この弱者への優しさを言葉にさせたら、右に出る者はいない。
北川悦吏子の紡ぐ言葉たちは、間違いなく第一級だ。

婚約者に逃げられ、何をやってもうまく行かない。
そんな自分を痛いほどさらけ出す、無防備な南に、瀬名は語る。


瀬名:  「何をやってもダメな時ってあるじゃん。
      うまく行かない時、
      そんな時はさ、
      神様のくれた休暇だと思って、
      無理して走らない、自然に身を任せる」

南:  「そしたら?」

瀬名: 「そのうちよくなる」

いい。実にいい。傷ついた年上女子は一撃必殺。

名言、あげだしたらきりが無い。
最近、あのセリフがしみた。。。そんなことが言えるドラマが限りなく少ない気がする。


「おや?」
「ちょっとよろしいですか?」(by杉下右京)

記憶に残ってるセリフはこんなところか。


『ロンバケ』はAmazonで購入してからずっと大事にしているDVD。
なんだか憂鬱な時、優しい言葉を掛けてもらいたくなった時、デッキに入れる。

何年経っても優しさの温度が変わらない。
珠玉の言葉が持つ力って、こういうことなのか。
北川悦吏子の才能に嫉妬すらしてしまう。


最後。愛すべきキャラ、稲森いずみ扮する桃子の名言集。


------男女の友情って言うのは、
すれ違い続けるタイミング
もしくは、永遠の片思いのことを言うんです

------中身は女の子のまんまなんですよね。
時々、ブカブカの靴はいてる気がするよぉ。
ズック靴履いて、砂ぼこり上げて、運動場走ってたの、
昨日のような気がするよ。
中身は、なーんにも変わってないのにね


-------好きって気持ちは世界で一番えらいんですっ

はい。賛成!ヽ(゚∀゚)メ(゚∀゚)メ(゚∀゚)ノ

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『ロングバケーション~Long Vacation~』
製作年:1996年(全11回テレビドラマ)
脚 本:北川 悦吏子
演 出:永山 耕三 鈴木 雅之 臼井 裕詞
出 演:山口 智子 木村 拓哉 
音 楽:CAGNET(東芝EMI)
主題歌:「LA・LA・LA LOVE SONG」久保田 利伸 with NAOMI CAMPBELL
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vol.60 『ライブテープ』&『不確かなメロディー』 by 石井清猛


6月のテーマ:憂鬱

憂鬱がbluesと言い換えられることはよく知られていて、もちろんそのこと自体は特別な秘密でも何でもありません。
でも試しに"I got blues"とつぶやいてみてください。呪文のように響くそのフレーズをひとたび口にすれば、誰もがたちまち胸に息苦しさを覚え、耳慣れないのにどこか懐かしい旋律が遠くでこだまするのを聴くことでしょう。
その時不意に訪れる、心が波立つような感覚を説明するのはそう簡単ではありません。
探している言葉はいつも、つかまえたと思った途端に指の隙間からすり抜けてしまうかのようです。

bluesという単語は一般に、悲しみや失望を引き起こす魔物の呼び名である"blue devils"が短く変化してできたと言われています。暗く沈んだ心の状態を表すその言葉は、濃い青色のイメージを帯びたまま、やがてアメリカ合衆国の南部で生まれた音楽の名称となりました。そしてその後bluesは、世界中の様々な音楽に影響を与えることになります。

今や好むと好まざるとに関わらず、bluesが聴こえない世界を想像することは、私たちにとって憂鬱と無縁な人生を送るのと同じくらい難しいことです。

それにしても"憂鬱という名の音楽"と"bluesという名の心理"が同時に存在する世界の、この不可解さは一体何なのでしょうか。
それら2つがメビウスの輪のように互いに結びついている姿は、ある意味、鶏と卵のパラドックスにも似て、私たちに軽くめまいを起こさせます。
ただ、一つだけ確かに言えるのは、この世界には憂鬱=bluesがあり、私たちはそこで生きるしかないということです。

とはいえ、それほど心配することはありません。
私たちは憂鬱な世界から美しいものが生まれることを知っていますし、幸いなことにそれを作品として残した人たちが実際にいるのですから。
例えば、忌野清志郎。そしてもう一人、松江哲明がそうです。

かつて"bluesは終わらない"と言った忌野清志郎が、ラフィータフィー名義で発表した「水の泡」という曲があるのですが、『不確かなメロディー』のエンディングで流れるこの曲を聴く時、私たちは憂鬱(清志郎ならユーウツと呼んだでしょう)がbluesに変わる瞬間に立ち会うことができます。

後期ビートルズにおけるジョン・レノンを思わせる、浮遊感をたたえたメロディーに乗せて歌われるその歌詞には、憂鬱=bluesの秘密が閉じ込められているのかもしれません。

この目に映る風景が
昨日と違う blue blue blue
同じ街を歩くのに
涙が落ちる so blue
あの娘は行ってしまった
あんなに愛してたのに
すべての努力もあっさり水の泡

忌野清志郎の詞が持つ力は、よく言われるように彼自身による歌唱と不可分です。
無防備なほど平易であっけらかんとした歌詞が彼の声によって歌われる時、言葉は思いもよらない相貌を見せることになります。
そこで私たちが出会うのは、もはや"悲しい言葉"や"面白い言葉"や"憂鬱な言葉"などではありません。
言葉そのものの、あるいは言葉を使う行為自体の悲しさであり、面白さであり、憂鬱です。

"なぜ言葉を話すのか?それは世界にbluesがあるからではないのか"

これからも私たちは忌野清志郎の歌を聴くたびに、そんな自問自答を繰り返すことになるのでしょう。

そう考えると、今年の3月にマスコミ試写で『ライブテープ』を見た際に、私が忌野清志郎のことを思い出したのは、単に前野健太の楽曲の感触から連想しただけではなかったのではないかという気がしてきます。

松江哲明監督の最新作『ライブテープ』は、今年の元旦に吉祥寺で行われた前野健太のライブを撮影したドキュメンタリー映画ですが、一般に"音楽ライブ映画"と言われているものとは、似て非なる作品です。

映画の撮影のためだけに行われた観客のいないライブだったこと。吉祥寺の街を練り歩きながらギターの弾き語りをする前野健太をゲリラ的に撮影したこと。そして、作品の全編をノーカットで一発撮りしたこと。などなど、『ライブテープ』を他と隔てる特徴を挙げていくことはできますが、この作品が凡百のライブ映画と決定的に異なるのは、作品自体がまるごと1曲のbluesとして成立している点でしょう。

制作背景にある松江哲明個人の憂鬱がどんなものであったにせよ、作品として完成した『ライブテープ』という映画において、吉祥寺の街で孤独にかき鳴らされる前野健太の歌は、実際に彼の音楽をよく知る人たちにとってさえ、新しい何かとして響いているはずです。
そして、全編を通じての歌の舞台となる吉祥寺がまるで見知らぬ街のように画面に映し出される時、私たちは『ライブテープ』という作品そのものが、これまで誰一人として聴いたことがない、新しいbluesであったことに気づくのです。

『ライブテープ』は、吉祥寺八幡の境内を歩く長澤つぐみをゆっくりと追っていく映像で幕を開けます。
画面は彼女が参拝を終えて境内から出るところまでを映し終えたあと、そのまま前野健太が歌う「18の夏」に移るのですが、今思うと、この冒頭の数分間の奇跡的な美しさは、これから誕生しようとする新しいbluesの、みずみずしいイントロだったのでしょう。

東京で梅雨空が続く中、LAではJune gloom(6月の憂鬱な空)が終わろうとしています。
私たちのbluesが終わらないとしても、実はそんなに悪いことではないのかもしれない。とそんな気がしています。

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『不確かなメロディー』
作詞・作曲・唄・演奏:忌野清志郎&ラフィータフィー
ナレーション:三浦友和
監督:杉山太郎
製作年:2000年

『ライブテープ』
作詞・作曲・唄・演奏:前野健太
撮影:近藤龍人
録音:山本タカアキ
演出・構成:松江哲明
製作年:2009年
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