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vol.61 『ウィスキー』 by 杉田洋子


7月のテーマ:酒

恐らく私が最初に口にしたアルコールは、父の飲み挿しのバーボンである。グラスに注がれるたびに氷をきしませる琥珀色の液体...。冷たい氷と、そこへ浸透するアツいウィスキーの調べに、幼い舌もついうっとりしたことを覚えている。二十年の時を経た今、おいしいスコッチとの出会いからこの原体験が蘇り、個人的にウィスキーブームが到来している。

今回ご紹介したい映画のタイトルは、その名もまさしく「ウィスキー」。2005年の東京国際映画祭でグランプリを受賞した、日本で見られる数少ない南米ウルグアイの作品である。

主人公は、ウルグアイでしがない靴下工場を営む老年のハコボ。古い機械と壊れたブラインドに囲まれた、従業員3人のつつましい工場だ。
ハコボは毎朝、カフェテリア(といっても洒落たものではなく、庶民派の軽食処)に寄って簡単な朝食を済ませ、工場に向かう。工場の前では毎朝、年配の女性従業員マルタが待っている。

"おはよう"

"おはようございます"

無口な2人は、仕事以外にほとんど会話を交わすこともない。マルタはときどきタバコをふかして一服し、ハコボはなかなかエンジンのかからないポンコツ車に乗って帰る。そうやって、毎日同じように1日が始まり、同じように1日が終わってゆく。

あるとき、死んだ母親の墓を建てようと思い立ったハコボは、ブラジルで同じく靴下工場を営む弟のエルナンを呼び寄せる。事業も好調で妻子持ちの弟に少しでも良い格好をしたくて、ハコボはマルタに妻のふりをしてくれと頼む。マルタはこの依頼に承諾し、まんざらでもない様子でハコボの家の掃除をはじめるのだった。

さらなる演出をしようと考えた2人は、おしゃれをしてダミーの夫婦写真を撮りに行く。この時出てくる言葉が、"ウィスキー"だ。日本で言う"はい、チーズ"に当たる。"イー"の口は笑顔になるから。ぎこちない2人の笑顔はたまらなくいとおしい。

一方で、この夫婦ごっこのきっかけとなったハコボと弟エルナンとの関係性も1つの軸になっている。エルナンには、親の介護を任せきりにしたというハコボへの負い目がある。ハコボには、自由奔放で成功者である弟に対し、どうしても卑屈になってしまうところがある。マルタを妻役に立てたのは精一杯の見栄だ。でも、兄弟はちゃんと愛し合ってる。ハコボが少し、素直になりきれないだけ。

そこかしこに登場するラテンアメリカらしい慎ましさも見所の1つ。
ハコボの取る朝食。カフェ・コン・レチェ(カフェラテ)やマテ茶。電気を律儀に消す様。
ブラインドが壊れても修理は来ず、車のエンジンは一度でかからず。トイレにはペーパーを持参し、チップを払わぬマルタ。たばこはつぶさず、繰り返し吸う。
小さなことを大切に、毎日同じことを律儀に繰り返す暮らしぶりは私たちの祖父母を思わせる。とても美しいと思う。

全体的にセリフは少なく、明示しない部分が多いけれど、シンプルで分かりやすく描かれている。とても穏やかで優しい気持ちになれる、思い当たる節がある、そんな映画。

質素であることの美しさ、ウルグアイという国の長短を理解しているからこそ、人間の芯を鋭く描き出せるのだろう。自国を客観的に捕らえた、当時30歳という若き監督コンビに乾杯。

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『ウィスキー』
出演:アンドレス・パソス、ミレージャ・パスクアル
監督:フアン・パブロ・レベージャ&パブロ・ストール
製作年:2004年
製作国:ウルグアイ=アルゼンチン=独=スペイン
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