今週の1本

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vol.125 『チェンジリング』 by 杉田洋子


2月のテーマ:ハート

本作は1928年ロサンゼルスで実際に起こった事件を基に描かれた、クリント・イーストウッド監督作品。
1人の母親の葛藤と、当時のLA市警の腐敗ぶりを通して、人間の心の脆さと強さが炙り出されている。

ある日、母親が仕事から帰ると幼い息子の姿がない。警察に届け出て数カ月後、子供を無事に確保したとの連絡が入る。しかし、再会を夢見る母親の前に現れたのは、自分の息子ではなく見知らぬ少年だった。
母親は"人違いだ"と主張するが、少年は本物の息子のようにふるまい、警察は"ショックで顔を忘れてしまったのだ"と取り合ってくれない。
挙げ句の果てに、警察は自らのミスを隠ぺいするため、母親が精神を病んでるとして病院送りにしてしまう...。

こんなハチャメチャなウソを本当だと思いこませるなんてにわかには信じがたい話だ。
でも圧倒的な権力を盾に説得を続けられ、身の危険までほのめかされたらどうだろう。
発端となった凶悪な誘拐事件がかすんでしまうほど、絶望的な状況だ。
腐敗した権力による情報操作ほどタチの悪いものもない。
こうしたことがまことしやかに行われていること自体、人間の心がいかに翻弄されやすいかを物語っている。

一方、それとは対照的に描かれているのが、母親の心の強さと信念だ。
私自身はまだ母親ではないけれど、ここ数年でたくさんの友人や翻訳者さんがお母さんになった。みんな、地震や放射性物質からわが子を守ろうと、問題意識を持って生きている。この国にいるすべての子供たちが安心して暮らせるよう、正しい情報を懸命に探して、訴えたり行動したりしているお母さんもたくさんいる。
本作で諦めずに戦い続ける母親の姿は、そんな日本のお母さんたちにも重なる。

「都合の悪い者は排除・または矯正する」という保身の手段は、遠い昔から世界中で繰り返されてきた。映画や小説でも多く取り上げられるテーマだ。
事実が明るみに出て、公に問題視されるのは、厄介者とみなされた者たちが十二分に傷ついた後や手遅れになってから。あるいはほとぼりが冷めてから...。
それでも、そういったメカニズムの存在自体が認知されることで、世論や第三者による牽制力が生まれてきたこともまた事実だろう。民衆にとって無知ほど恐ろしいものはなく、権力者にとって無知ほど都合のいいものはないのだ。

情報を扱う者として、真実を見極め、適切な判断を下せる人間でありたい。優しい人たちが泣き寝入りすることのない、健全な社会であってほしい。
強い心を持ち、恐れずに正義を訴えてゆくことの大切さを考えさせられる作品だ。

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『チェンジリング』
監督:クリント・イーストウッド
出演:アンジェリーナ・ジョリー、ジョン・マルコヴィッチ他
製作国:アメリカ
製作年:2008年
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