日本初!? 劇場公開映画の"予告編"を斬るコラム
明日に向って観ろ!
Text by Junichi Suzuki (鈴木純一/映画コラムニスト)
自分が映画を観るようになったのは80年代の半ば、まだインターネットがない時代だった。公開作の情報を得る手段といえば映画情報誌の記事や新聞の広告、映画館に置いてあるチラシくらい。本編上映前の"予告編"もあるにはあったが、予告編の上映中はまだ席についていない人もたくさんいて、さほど重要視されていなかった。内容も主役が登場するシーンをつないだ程度のものが多かったと思う。
ところが今はどうだ。予告編の良し悪しで観客の入りが変るとまでいわれ、配給会社はその製作に膨大な予算をつぎ込んでいる。本編撮影に先んじて予告編専用のシーンを撮ることさえあるそうだ。そんな風にして世に放たれる予告編たちは、脇役でありながら観客の目を釘付けにし、時にはその後の本編より強い印象を与えることもある。最近は劇場でだけでなく、インターネットを通じて誰もが気軽に楽しむようになった。
もはや予告編は1つの"作品"だ。ならば予告編を独立した完成形と見立てた論評があってもいいと思った。このコラムは、本編を観る前に気になった予告編を取り上げ、その印象から本編の出来などを好き勝手に想像しながら論じるものだ。
なお、実際に本編をご覧になった皆さんの感想がこのコラムの論評とズレていても、当局は一切関知しない......。
東京国際映画祭、東京フィルメックスを始め、秋は映画祭が多く開催される。
僕にとって思い出深い映画祭は、1985年から2005年まで渋谷で開催されていた東京国際ファンタスティック映画祭である。"東京ファンタ"の愛称で親しまれ、ホラーやSF、アクション分野にフォーカスして数々のユニーク作品を日本で初めて紹介してくれた映画祭だった。
なんと言ってもファンが集まって作品をリスペクトする、あの空気感が最高だった。オープニングのクレジットで監督や主演俳優の名前が出てきた時、映画が山場を迎えた時には歓声や拍手が巻き起こった。そんなお祭り騒ぎ的なノリが楽しいイベントであった。
今回紹介するのは、もし今もファンタスティック映画祭が開催されていたらきっと上映されたであろう映画の予告編だ。
まずは『クレイジーズ』。
ジョージ・A・ロメロ監督による『ザ・クレイジーズ/細菌兵器の恐怖』(1973年)のリメイク版だ。リメイク版では、ロメロは製作総指揮を務めている。
細菌兵器を載せた軍用機がある小さな町に流れる川に墜落し、その川の水を飲んだ人間が凶暴化(クレイジー)する。人間がウィルスに感染するという設定は、『バイオハザード』シリーズ(2001年~)や『28日後...』(2002年)に近いかも。子供たちが野球をしているグラウンドにバットを持った男が突然乱入!そんな日常が凶暴化する恐怖が滲み出たシーンが連続する。
予告編全体に漂うのは「悲壮感」。家族や親しい人が感染したら人はどうするのか?また、誰が感染したのか分からない状態で誰もが不信感にさいなまれる様子が描かれている。
終盤に流れる曲は、イギリスの2人組のバンド、ティアーズ・フォー・ティアーズの名曲『狂気の世界』。この歌は『ドニー・ダーコ』(2001年)でも使われていた。♪マッド・ワールド...♪という悲しい歌詞が、この救いなき世界を描いた映画にはピッタリだ。
本作には"東京ファンタ"的な視点でこんな評価を。カルトとも言っていいジャンルの往年の名作を掘り出してリメイクした製作者たちの心意気にまずは敬意を表したい。そしてホラー映画一筋の人生を歩み続ける巨匠ジョージ・A・ロメロにスタンディング・オベーションを捧げる!
次は『マチェーテ』の予告編。
なんとこの映画、ロバート・ロドリゲス監督による異色作、『プラネット・テラー in グラインドハウス』(2007年)の"オマケ"として作られた架空の映画の予告編『マチェーテ』が元ネタである。ニセ予告編をほんとうの作品にしたってことだ。
『マチェーテ』のニセ予告編を観た時に「面白いから本編作ってくれないかな」と思っていたのだが、まさかの映画化で夢が叶いました。
主人公のマチェーテはある組織の依頼で上院議員の暗殺を企てるが、実は組織のワナだった...という展開である。マチェーテを演じるのはダニー・トレホ。本作が初主役である。
トレホは"ハリウッドの悪役商会"と言っていいほど見た目が怖い俳優で、元ギャングという経歴を持つ筋金入りのヒールである。そして実は本作の監督、ロバート・ロドリゲスの親戚筋でもあるそうだ。親族愛なのか、ヒールばかりの配役を見かねたロドリゲス監督の温情か、ロドリゲス監督作品『スパイ・キッズ』(2001年)では子供に優しい"マチェーテおじさん"を好演した。でもマチェーテおじさんには、こんな恐ろしい素顔があるんですよ。
"東京ファンタ"的な視点で観ると「キャスティングの賑やかさ」に心が踊る。ジェシカ・アルバはロドリゲス監督の『シン・シティ』(2005年)に出演していたから、想像するにロドリゲスから「ちょっと出てくんない?」と頼まれたのかも。さらに、『キル・ビル』(2003年)のダリル・ハンナみたいな片目の戦士を演じるミシェル・ロドリゲスもいい味を出している。そして何といってもロバート・デ・ニーロ、スティーブン・セガール、ドン・ジョンソン、リンジー・ローハンなど、超豪華な出演者たちを無駄にキャスティングしているところに大きな拍手を送りたい!(ほめてるんですよ)
それにしてもハリウッドって『グラン・トリノ』(2008年)のような名作が制作される一方で、「よくこんなの本気で作るよな」としか思えない映画が作られているのがすごい(ほめてるんですよ)。
"東京ファンタ"は幕を下ろしたが、「ファンタな気分度」はいずれも★★★★★!(★五つが満点)
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今回注目した予告編
『クレイジーズ』と『マチェーテ』
★『クレイジーズ』
監督:ブレック・アイズナー
製作総指揮・オリジナル脚本:ジョージ・A・ロメロ
脚本:スコット・コーサー、レイ・ライト
出演:ティモシー・オリファント、ラダ・ミッチェル、ダニエル・バナベイカー
制作国:アメリカ
11月13日より公開
公式サイト
公式サイト:
http://crazies.jp/
★『マチェーテ』
監督:ロバート・ロドリゲス、イーサン・マニキス
脚本:ロバート・ロドリゲス、アルヴァロ・ロドリゲス
出演:ダニー・トレホ、ジェシカ・アルバ、ロバート・デニーロ、ミシェル・ロドリゲス
スティーブン・セガール
制作国:アメリカ
11月6日より公開
公式サイト
:
http://www.machete.jp/