発見!今週のキラリ☆

Vol.183  休日のアンテナ  by 板垣七重


5月のテーマ:休み(holiday)

休日は仕事を忘れて過ごしたい。誰しもそんな風に思っているだろう。実際に私も、今日は小難しいことは考えないでのんびりしようとか、友人との時間を楽しもうと思うことがある。ただ、映像翻訳の世界に入ってつくづく感じるのは、何ごとにもアンテナを張っておくことの大切さだ。映像翻訳者には、ドキュメンタリーやテレビ番組、映画と、どんな内容の仕事の依頼がくるか分からない。つまり、いろいろな体験や知識がいつなんどき、どんなかたちで役に立つか予測できないのだ。逆に言えば、どんな経験でも後に仕事の助けとなる可能性がある。

そう考えると、休日もうかうかしていられない。友人との待ち合わせ場所に行く途中でも、街中を見渡して新しい商品やお店、流行りを見つけたり、本屋さんに立ち寄って新書のタイトルを眺めてみたり、電車の中で他の人たちが何を話題にしているか耳を傾けたりと、情報を得ようと思えばいくらだってできる。散歩をするにも、ただぼんやりと歩くのではなく、その地域の歴史を調べてみる、最近の子どもたちの遊びを観察する、どんな花が盛りなのかを見るなど、少し意識をすることで数十分の散歩も豊かな体験になる。

その場でたまたま出会った人との交流もあるだろう。いつだったか、東京大学敷地内の三四郎池を眺めていたとき、すぐそばで硬くなったパンを鯉にあげていた小学生が教えてくれたことがある。彼によると鯉には咽頭歯という丈夫な歯があり、硬いものでも砕いて飲み込めるのだそうだ。近々鯉についてのドキュメンタリーの仕事がくる確信はないが、こういう小さな知識や経験の積み重ねは、映像翻訳者にとって無駄になることはない。

どんな体験でも実を結ぶ可能性があると考えると、思わぬアクシデントさえ貴重に思えてくる。この前の日曜日、七里ヶ浜に散歩に出かけたときだった。防波堤にすわって屋台で買った結び豆を食べていると、ふいにガサガサっと目の前で音がしたかと思うと、豆が袋ごと10メートル下の砂浜に散っていった。テレビやインターネットでも話題にされるトビの仕業だ。このとき、素の私は500円損したと嘆いたが、映像翻訳者としての私はトビの巧みな狩りを間近で体験できたことに少なからず喜びを覚えた。

もちろん、"トビの狩りを体験したから翌日から狩りの描写がうまくなる"とは言わない。けれども、自分の五感で味わった経験が言葉を生み出す創造力を刺激してくれるのは間違いない。映像翻訳者は家にこもって作業をしがち。だからこそ、休日は表に出て小さな体験をたくさんしてほしい。

Vol.182  自問自答の「holiday」 by斉藤良太


5月のテーマ:休み(holiday)

音楽をはじめアートを趣味とする人達が社会人になると、「趣味」にかける時間は必然的に短くなっていく。現在では「GarageBand」に代表される音楽制作アプリもあり、スマホでいつでもどこでも気軽に曲が作れる道具は揃っている。しかし、さすがに音楽にかける"時間"というアプリは購入出来ない。私のように音楽を趣味にしている人間にとって「holiday」とは日常から離れ、クリエイティブな趣味にかける時間を得る事が出来るかけがえの無い時間かもしれない。

ところが、いざPCの前に座り音楽制作ソフトを立ち上げても、なかなか曲が天から降ってはこない。そこで私の場合は大抵、日常ためていたアイデアを何とか「楽曲」へと具体化させるという作業になってくる。バラバラのパズルのピースを一つひとつ根気よく組んでいくというイメージになるが、全てのピースがいつも揃っている訳ではない。欠けているピースはその場で何とか揃えて行くしかないが、その形が分かっている場合もあれば、形も色も分からない場合もある。

結果、趣味のはずの音楽制作は「holiday(休み)」とは真逆になるような「生みの苦しみ」が大半を占める作業になってしまう。誰かがもしその様子を見たら、わざわざ休みにPCの前で何をやっているのか理解不能だろう。さらに、便利な音楽制作ソフトのおかげで、アイディアのピースはほぼ無限に録りためておく事が出来るので「生みの苦しみ」に組み合わせるピースを「選択する苦しみ」が加わり、ほぼ「苦行」という状態になってしまう。

しかし、そのおかげで私の「holiday」は、自分がなぜ音楽を続けているのかと自問自答する期間になっている。そしてその自問自答を楽しんでいる自分がいる事に気づくのだ。これからも自問自答する「holiday」の数だけ、PCに保管される楽曲の数も増え続けるだろう。私は保管された楽曲のリストを見る度に、それぞれの「holiday」をきっと懐かしく思い出すに違いない。

残念ながら今年のゴールデンウイークは私用で趣味にかける時間はなかった。今後「holiday」の度に楽曲がどれだけ増えていくのか、そこで私はどんなことを表現していくのか。気になりつつも「holiday」から日常へ戻ろうと思う。

Vol.181「オンとオフの境目」 by藤田庸司


5月のテーマ:休み(holiday)

世間はGW真っ只中だが、フリーランスの映像翻訳者はいつも通り仕事をしている人たちが多い。携帯電話とパソコンさえあれば、大袈裟ではなく、世界中どこででも出来るのが、映像翻訳という仕事だ。旅行や帰省中でも、その気になれば移動中や深夜、早朝といった、少しの時間を見つけて作業ができる。

受講生との面談時に「将来はフリーランスとして働きたい」という声をよく聞くが、それは映像翻訳者が自分の生活スタイルや、スケジュールに合わせて仕事ができることに魅力があるからだろう。実際に盆や正月、GWなど、世間が休んでいるときに仕事を詰めて、世間が働いているときに旅行に出かけたり、趣味に興じたりするフリーランス翻訳者もいる。これだけ書けば、フリーランス翻訳者=自由奔放、何とも優雅な稼業だと思われるかもしれないが、もちろんその地位を築くには苦労が伴うし、努力や工夫も必要だ。例えば、いくら翻訳スキルが高くても、自室に篭っているだけでは、仕事にはありつけない。自ら仕事を生み出す営業術が必要だし、また単に仕事を増やせばいいというものでもなく、自分のスケジュールや目標収入に合わせて増やしていく計画性と案件管理能力が要求される。時々、共に仕事をしている翻訳者さんと話していると「この前の仕事は時給に換算すれば数百円ぐらいだったよ」という冗談交じりのボヤキを聞く。しかし、よくよく話を聞くと、よりしっかりしたスケジュール管理とワークフローで、作業効率を上げられるケースが多いように思える。そして、作業量と所用時間の関係、所要時間と報酬の関係を考えるとするならば、あとはその人の仕事に対する考え方だろう。

情報を収集しながら言葉を選び、訳文を練り上げていく翻訳作業にはある程度の時間がかかるのは仕方ない。とかく作品の世界にのめり込んでいくと時間が経つのを忘れがちになる。ドキュメンタリー番組を訳していると、テーマについて調べれば調べるほど、新たな発見が楽しくなり、気が付けば数時間経っていたりする。また、ドラマを訳していると、クライマックスなど登場人物の気持ちを表現するベストなセリフを求め、気が付けば夜が明けていたりする。翻訳は時間を掛けたければ掛けたいだけ掛けられるし、瞬時に片付けようと思えば片付けられるもの。だからこそ、楽しくもクリエイティブな時間をいかにコントロールするか? いかに自分なりの答えを導き出すか? 時間と創作の折り合いを上手くつけることが必要となってくるのだ。作品の世界に入り込むと、食事中や入浴中、寝ている間(=夢の中)ですら翻訳について考え続けていたりする。そうなってくると、もはやオン(就業)、オフ(休業)の境目は限りなく曖昧になり、究極的には生きている時間すべてが就業時間にあたると言えてしまう。

翻訳だけで生計を立てていくこと=フリーランスと捉えがちだが、実はオンとオフの境目が消えた時が、本当の意味での"フリーランス"であり、それは就業形態を示す言葉ではなく、人の生き方を示す言葉なのではないか? と考えたりする今日この頃である。

Vol.180「今人気のNEWは?」by 小笠原ヒトシ


4月のテーマ:NEW

「NEW」という単語が「新しい」という意味であることは、学校で英語を学ぶ前から知っていたような気がする。NEWは、そのあとに続くワードとセットで、いろいろな顔になる。普通に新しかったり、まったくもって未知に新しかったり、新しいくせに古かったり。そこで今回はNEWからはじまる、今もっとも旬なキーワードについて検証してみた。

検索サイトでNEWのあとに「A」で始まる単語を調べてみると、最上位に「new acoustic camp」というワードが出てきた。群馬県の水上高原リゾートで開かれる音楽フェスのことらしい。いやいや、よくよく読んでみると、「音楽イベントではありません。山とキャンプと音楽が"そこに同じくある"アウトドアイベントです」とある。へぇ~、なんだか面白そう。今年の夏の開催で、なになに、5回目だと?これはちょっと参加してみようか! いきなり新しいNEWに出会ってしまった。

「B」を調べてみたら「new balance」がトップに。言わずと知れたアメリカのシューズメーカーだ。そりゃあそうでしょと、次の候補を見ても「new balance 996」「new balance m1400」「new balance 574」とまるで我が家のシューズクロ―クの中見を紹介しているような検索結果が続く。これは日常なNEW。

「C」はというと、「new c++」というまったく意味不明の文字が。シープラスプラスというプログラミング言語の新しいやつらしい。無言...。映画『New Cinema Paradise』はこれに負けたのか...。

そうやって順に調べていくと、「new divide」(リンキン・パークが歌う映画『トランスフォーマー』の主題歌)、「new era」(MLB唯一の公式キャップを製造販売するアパレルメーカー)、「new found glory」(アメリカのポップパンクバンド)、「new gate」(イギリスの歴史上最も悪名高い刑務所・ニューゲート監獄)と続いて、次に出てきたのが「new horizon」。中学の英語教科書と言えば『NEW HORIZON』、もしくは『NEW CROWN』か『SUNSHINE ENGLISH COURSE』だったよね。わっ、懐かしい!"新しい"のに古~いNEW。さらに、「new ipad」は2012年に発売された第3世代のiPad。これはチョイ古?

「new japan cup」とは、新日本プロレスが毎年春に開催しているヘビー級のシングルマッチトーナメントのこと。そうか、そうきたか。まさに今が旬のワードではないですか。しかし、新日本プロレス検定のIWGP挑戦級(2級相当)保持者の私(プチ自慢)は、これについて語り出すと先に進めなくなってしまうので、お次へ。

「new kid in town」はイーグルスの名盤『ホテル・カリフォルニア』からリリースされた最初のシングル曲。「new look」はイギリスのアパレルブランドで、安室ちゃんの曲『NEW LOOK』はその次。

NEWは車関係にも多い。「new mini」はミニクーパーなどでおなじみ、"ドイツ"の新型車THE NEW MINIのこと。BMWグループの傘下に入ったとはいえ、イギリスの大衆車というイメージが強すぎて、ん~、ドイツ車って言われると違和感があるなあ。しかも車幅が広くて、なんとなんとの3ナンバー車とは!全然ミニじゃないよ。「new noah」はトヨタのミニバン・新型ノア。こっちは逆にでかい車だと思っていたら、5ナンバー車かい!「new order」はイギリスのロックバンド。「new party」は、新党日本(New Party Nippon)でも日本新党(The Japan New Party)でもなく、日本人男性アーティストDAISHI DANCEの新作アルバム『NEW PARTY!』。そして、「new qashqai」って何?なんて発音するの?どうやら"キャシュカイ"という日産が欧州で販売しているクロスオーバーSUV車のことらしい。日本のデュアリスの欧州名だ。そういえば昔、日産サニーがアメリカでは"セントラ"、メキシコではなんと"ツル"という名前で売られていたなあ。

「R」は「new ラブプラス」となぜかカタカナ混じりで、萌え系恋愛シミュレーションゲームがトップに。「S」は「new sparks」(TVアニメ『咲-Saki- 全国編』のオープニング曲)。「new super mario bros.」は次着だ。このあたりは秋葉系が優勢かと思えば、「new treasure」というZ会の英語教科書がランクイン。しかし、「new ufoキャッチャー」(おなじみのクレーンゲーム機)、「new vegas」(カジノを舞台にしたゲームソフト)、「new world」(TVアニメ『宇宙兄弟』の新エンディング曲)、「new xps13」(デルの新型ノートPC)と巻き返す!

「new york times」の正式名称には"The"が付く。検索結果1位が単にNew Yorkでも、マー君のいるNew York Yankeesでもないのは意外。そして最後は「new zealand」だった。

さて、今話題のあれこれ、お楽しみいただけましたか? これらの結果は、来月と言わず、来週、いや明日にも違う結果になるのだろう。ということで、今回の『発見!キラリ☆』も、すぐにNEWじゃなくなる!?

vol.179 「ポール・マッカートニー、次は軽やかに蝶に乗る!?」 by藤田 奈緒


4月のテーマ:NEW

先週、日本中を駆けめぐった嬉しいニュース。最新アルバム『NEW』を引っ提げて昨年11月に11年ぶりの来日公演を果たし、あらゆる世代のビートルズ、ウイングスファンを沸かせたポール・マッカートニーが、なんと5月に再来日するという。会場は7月からの取り壊しが決定している国立競技場。ポールにとって初の屋外公演だとか。この喜ばしいニュースを耳にし、父親譲りのポールファンとして、そして1人の映像翻訳者として、胸を躍らせた前回の来日時の記憶が鮮やかに蘇った。

昨年の11月、JVTAはポールの公演に字幕で協力をした。海外アーティストが来日する際、パンフレットや公式サイトなどのテキスト翻訳が発生するのはよくあること。だがこのポールの公演については、JVTAとして"初"の挑戦が求められた。公演中のポールのMCに、同時に字幕をつけてステージ横のスクリーンに映し出すというのだ。ステージ裏で同時通訳をするのか?  通訳内容をどうやって瞬時に字幕にするのか?  どうやって時差なくそれをスクリーンに出すのか?  初めてこのリクエストを聞いた時は、正直頭の中は戸惑いでいっぱいだったが、それでも私たちの本分である映像翻訳というスキルが存分に活かせる、という思いに心は浮き立った。

その後の詳細は割愛するが... 担当翻訳者さんは入念な事前勉強を経て当日を迎えた。ポールの性格、バックグラウンド、それまでのワールドツアーのMCの内容、来日してからは公演前の行動などなど。ポールがMCで話す可能性がある内容を想定し、できる限りの知識を頭に詰め込んだ。結果は大成功。初日こそテクニカルな問題で多少のタイミングずれはあったものの、大好評のうちに終わったと言っていいと思う。最終日、実際にアリーナから字幕を見た私が言うのだから間違いない。会場には本当に幅広い年齢層のファンが詰めかけていた。目の前にいた老夫婦が、ポールが何か話すたびに一生懸命にスクリーンの字幕を追う様子を見た時は、思わず笑みがこぼれた。

実はこの同時字幕方式が採用されることになった背景には、ポール自身の強い思いがあった。打ち合わせたポールのマネージャーさんの話によると、ポールは昔から言葉に対して敏感な人で、自分の子どもたちに正しい文法を指導するのは日常茶飯事。マネージャーさん本人にいたっては大昔、ポールあてに書いた手紙が真っ赤に添削されて戻ってきたこともあったとか。そんなポールが、自分の肉声を生で直に日本のファンに伝えたいということで、同時通訳ではなく、同時字幕という形を希望したというのだ。この裏話を聞いて、感激と興奮でぼーっとした頭で帰社したのを覚えている。人の思いと思いをつなぐ、映像翻訳という仕事に関わる者として、これほど嬉しいことはない。私たちに、こんな形で新しいチャレンジを与えてくれたポールに、心から感謝したい。

ポールをよく知らない人がいたら、ぜひ最新アルバムのタイトル曲『NEW』を聴いてほしい。彼の実直で前向きな性格だけでなく、"メロディメーカー"ポールが健在、というよりむしろ進化中であることを感じ取ってもらえるはずだ。5月の再来日公演をお楽しみに。ポールはきっと、また新たな(NEW)風を吹かせてくれるだろう。

vol.178 「表現者は"音"を追求しなくてはいけない」 by丸山雄一郎


3月のテーマ:音

日本語の"音"というものを意識したのはいつからだろう。編集者という仕事を選んでからは、原稿の"音"をかなり意識してきた。特に作家さんの原稿をチェックする時や、ちょっと笑えるような原稿を書かなくてはいけない時にはこの"音"を重視してきた。
"音"とは、リズムだ。どんなに内容がよい原稿でも、リズムが悪いと読者は読むのがつらくなる。プロ作家とアマチュア作家の原稿の差を「巧みなストーリー」や「表現の差」だと考える人は多いと思うが、実はこのリズムの差もかなり大きい。

表現者は言葉のリズムを重視している。俳人や詩人、映画やドラマの脚本家、TVのディレクター、CM監督、作詞家、新聞記者、編集者といった言葉を生業にしている人たち全てがそうしていると言っていい。彼らは自分が表現したい中味に徹底的にこだわりを持つ一方で、それを多くの人に伝える手段として言葉のリズムも重視しているのだ。だからこそ、私たちの心に残るような詞や映画が生まれ、CMのキャッチフレーズやドラマのセリフが世間の話題となる。ちょっと古くて恐縮だが(笑)、「じぇじぇじぇ」も「倍返しだ」もリズムがいいからこそ流行語になったと言える。

翻訳者さんの原稿も同じだ。僕が翻訳者さんから頂いた原稿のちょっとした点を直すのは、内容がどうのこうのというよりも、リズムの悪さを矯正するために直していることのほうが圧倒的に多い。

だからこのコラムを読んでくださった翻訳者さんや、翻訳者を目指している皆さんにはぜひ日本語のリズムを意識して欲しい。それはいい本や映画の字幕をたくさん自分の中に吸収することで、きっと培われてくるはずだ(ただし、じっくり読み、しっかり見るように。赤線を引く、メモを取るくらいのことが最低限必要だ)。

ちなみに僕が初めて"音"を意識したのは幼稚園の時だ。僕の年子の弟は「尚」(たかし)という。丸山家では代々男子に「雄」という文字を使う(僕もそうだ)のに、弟は尚。どうしてなのかと母に問いただしたところ、母は「音がいいと思ったから」と教えてくれた。「雄一郎」より「尚」のほうが確かに"音"がいい気がする。幼心にそう思った。僕が"音"にこだわるのはこんな経験があるからなのかもしれない。

vol.177 「それでも夜は明けるのか?」 by藤田 彩乃


3月のテーマ:音

南部の農園に売られた黒人ソロモン・ノーサップの12年間の奴隷生活を描いた映画『それでも夜は明ける(12 Years a Slave)』が、アカデミー賞作品賞、脚色賞、助演女優賞に輝いた。黒人奴隷制度の残虐さを見せつけた大傑作。各賞を総ナメしているのも頷ける。本作の成功を大勢の人が喜び、その功績を称えたが、監督のスティーヴ・マックィーンは、インタビューでこんな発言をしている。

There have been more Hollywood films made about Roman slavery than American slavery.

『スパルタカス(Spartacus)』や『グラディエーター(Gladiator)』など、古代ローマ時代の奴隷を描いた映画は多い。また、ナチスによるユダヤ人迫害、ホロコーストを扱った映画は、毎年のように製作されている。しかし、400年もの間アフリカ系アメリカ人を苦しめてきたアメリカにおけるホロコースト、つまり黒人奴隷制度、人種隔離政策、人種差別を描いた映画はほとんどない。

『それでも夜は明ける』の前に製作されたメジャーな作品で、黒人奴隷の視点からリアルにアメリカの奴隷制度を描いたものは、恐らく1977年の『ルーツ(Roots)』(映画ではなくテレビのミニシリーズだが)ではなかろうか。35年以上前の作品だ。

これまでも、アメリカの奴隷制度を描いた映画はたくさんあった。2012年には『ジャンゴ 繋がれざる者(Django Unchained)』、『リンカーン (Lincoln)』、2006年には『アメイジング・グレイス(Amazing Grace)』、1997年には『アミスタッド(Amistad)』、1995年には『ある大統領の情事(Jefferson in Paris)』、1989年には『グローリー(Glory)』・・・など、遡ればいろいろある。しかし、上述の作品のどれもが、「善良な白人が、貧しく絶望のどん底にいる黒人奴隷を救う」という白人目線のストーリーだ。

アメリカ西部開拓時代には何百万人ものアメリカ先住民(ネイティブ・アメリカン)が大虐殺されたが、このアメリカのもうひとつのホロコーストの歴史を、しっかり描いたハリウッドメジャー映画にいたっては、恐らく1つしかない。ケビン・コスナー監督・主演の映画『ダンス・ウィズ・ウルブズ(Dances with Wolves)』だ。この作品は1990年のアカデミー賞作品賞を受賞している。

ハリウッドでは「女性が主役の映画はうまくいかない」と言われる。しかし、昨年における、映画のチケット売上の51%は女性によるものだった。そして昨年は、女性を扱った映画、もしくは女性が主人公の映画のほうが、男性が主人公の映画よりも興行収入が高かった。アカデミー賞監督賞受賞の『ゼロ・グラビティ(Gravity)』、主演女優賞受賞の『ブルージャスミン(Blue Jasmin)』は、どちらも女性が主人公の映画だが、興行的にも大きな成功を収めている。しかし、ハリウッドはいまだに男性(特に若い男性)をターゲットにした映画を作り続けている。アカデミー賞の受賞スピーチの中でケイト・ブランシェットも、男社会のハリウッドに対して、チクリとこんなことを言っている。

Those of us in the industry who are still foolishly clinging to the idea that female films with women at the center are niche experiences.They are not. Audiences want to see them. In fact they earn money.

もっと過酷な状態にいるのが、黒人を扱った映画だ。「黒人映画は儲からない」という不名誉なレッテルを貼られ、それがハリウッドの暗黙の了解になっている。実際、『それでも夜は明ける』も、大スターのブラッド・ピットがプロデューサーで入らなければ資金が集まらず映画化は実現しなかった。インターナショナル版のポスターでは、5分しか登場しないブラッド・ピットが全面に出され、その下に小さくキウェテル・イジョフォーが走っている。

※これはアメリカでは問題になった。こちらを参照

本当に黒人映画は儲からないのだろうか? 数字を見る限りは、事実無根だ。今年に入ってから公開されたアイス・キューブ&ケビン・ハート主演のコメディ『Ride Along』は全米の興行収入で首位デビューを果たした。他にも、1986年の映画 『きのうの夜は・・・』 を全員黒人でリメイクした『About Last Night』も初登場1位を飾り、興行収入は白人が主人公の他の映画を上回った。両作品とも今週もトップ10に入っている。

『それでも夜は明ける』の現在の興行収入は全世界で1.4億ドルを超えている。アフリカ系アメリカ人初のメジャーリーガーとなったジャッキー・ロビンソンを描いた映画『42~世界を変えた男~(42)』は1億ドル、7人の大統領に仕えたホワイトハウスの黒人執事を描いた映画『大統領の執事の涙(Lee Daniels' The Butler)』は、1.5億ドル以上をたたき出している。それにも関わらず、「黒人映画は受けない」と、多くのハリウッドのメジャースタジオは製作費を出さない。ハリウッド映画でオリジナルストーリーが減ったのも、スタジオがリスクを一切取らなくなったのが理由だ。友人の映画製作者の話によると、これだけ黒人映画が成功し、アカデミー賞作品賞をはじめ数々の賞レースを制覇したにも関わらず、オスカー後の今も、黒人をテーマにした映画の脚本や企画には耳を貸してもらえないそうだ。

この不公平な固定概念は今後、変わるのだろうか?

Los Angeles Timesの調査によると、アカデミー賞の投票権を持つ約6000人のうち、94%は白人、77%が男性だそうだ。黒人は2%で、ラテン系は2%にも満たないそう。アジア人に至っては0.5%を切っている。平均年齢は63歳。50歳以下のメンバーは14%しかいないとか。今回のオスカーで作品賞を取ったのは、黒人の監督による黒人奴隷の映画だ。白人男性に支配されたアカデミー賞で、この作品が評価されて、本当によかったと思う。しかし、アカデミー賞の監督賞を取った黒人はいまだに存在しない。

昨年6月、1965年投票権法第4編に連邦最高裁の違憲判決が出た。1965年投票権法とは、マイノリティーへの差別ができないように州による選挙法制定を制限するもので、アメリカ史上もっとも成功した公民権法と言われる。それが廃止されることになった。この判決にオバマ大統領も「失望した」とコメントしたが、この判決の背景として強調されているのが、皮肉なことにオバマ大統領の存在。「黒人も大統領になれる時代。人種差別はもう過去のもので、特別措置は不要だ」という判決だった。

現代でも確実に存在する人種による差別と格差。この一連の出来事は、新しい時代の足音なのだろうか? 今回の『それでも夜は明ける』のオスカー受賞が、保守的なハリウッドに新しい風を吹きこむことになるのだろうか? すべての人の平等、差別のない社会の実現を願うばかりだ。

◆『それでも夜は明ける』は、本日3月7日(金)に日本公開です。
公式サイト http://yo-akeru.gaga.ne.jp/

vol.176「一生理解できないかもしれないモノに対する恐れと謎と憧れと」 by浅川奈美


3月のテーマ:謎

この世の中にある、多くのことに対して私は素人であり、いくつかの分野においては完全に無知であるということを、痛感する日々。なかでもこと理系分野のものに関しての音痴具合は甚だしい。「生まれつき自分にはその素養がないから」というか「耐性がないから近づいたらきっと蕁麻疹かなにかが出ちゃうよ」みたいな固定観念にとらわれ、背を向け続けた学問。数学である。

ご存知、数学には明晰な答えが常にある。
例えば、このコラムを読まれるどのぐらいの方がわかるだろうか?【0.9999......】と、小数点以下に無限に9が続く数と、【1】はどちらが大きいか?

0.9999...... < 1  【不正解】
0.9999...... = 1  【正解】

中学あたりで出てくる循環小数。私は自分の直観とは全く違うこの答えをなかなか受け止められなかった。ちゃんと授業も出ていたのに、答えを導く過程も何とか理解できていたのに、でも消化できない。学力を評価するにあたり、全く遊びのない採点方法で振り落とされるのが数学。本当はあいつと仲良くなりたかったのに...。この学問において自分が落伍者になってきたのを気づき始めたころ、「できない=嫌い」という感情はいとも簡単にそして巨大に私の中で膨くれ上がった。その後はいうまでもない。微塵の迷いもなく文系に進んだ。微分・積分も関数も、定理も証明も素数も"任意のX"とやらともおさらばの人生を過ごし今に至る。

それなのに...。数学嫌いなのに数学を無視できない。「仲間にいーれーて」って言えないまま、もうずっと何年も柱の陰からじっと憧れのまなざしを投げかけている(ちょっと怖い)。なんだ、この乙女心は。その理由を検証してみる。


理由①:リーマン予想(Riemann Hypothesis)
ドイツの数学者ベルンハルト・リーマンによって1859年11月提唱された、ゼータ関数の零点の分布に関する予想である。ミレニアム懸賞問題(millennium prize problems)のひとつ。解明に100万ドルの懸賞金がかけられている数学の問題だ。

言うまでもないがこの私がリーマン予想に取り組んでいるというわけではない。私が魅せられてしまうのは、150年もの間、天才と呼ばれる数学者たちの挑戦をもってしても、未だ謎のままであるという事実。そしてこの問題に取りつかれてしまった数学者の中には、精神を病んでしまう人もいるという過酷な世界だということ。さらに今、現代社会における情報セキュリティは巨大素数を使った暗号技術によるものであり、もしリーマン予想の解決によって素因数分解の画期的な方法と活用が見つかれば、身の回りの当たり前が一気に崩壊するということ。国家機密から個人情報、あらゆるものがセキュリティフリーになってしまうのだ。なんか、すごくね?なのだ。でもリーマン予想がどれだけの謎で、解明されるまで天才とスパコンをもってしてもどれぐらい大変で大体あとどれぐらいかかるのか、みたいなことがさっぱりわからん。だからこそ、なんかすごくミステリーで魅惑でサスペンスで、私はただ外野でソワソワし続けているだけなのである。


理由②:たけしのコマ大数学科
ビートたけし、現役東大生の女子2人、コマ大数学研究会(頭脳ではなく体を使って解明する担当)の3組が、毎回1問ずつ出題されるさまざまな数学の問題に挑むTV番組だ(現在は放送終了)。
「もし違う道を選ぶなら、数学の研究者になりたかった」という、理系出身のビートたけしが見事に数学の難問を解いていく様がかっこよくて、本当によく見ていた。でも私の数学的能力は一向に上がらずいつまでたってもアプローチ方法はダンカン率いるコマ大学数学研究会チームであった。

映画監督としても知られるビートたけし(北野武)だが、映画の撮り方について因数分解を取り入れて語るのを読んだことがある。「不思議の国のアリス」の作者、ルイス・キャロルも数学者であったし、多くの作家が数学に造詣が深い。論理的思考。これなのか?これが私にはないのか?


理由③:数学を知らない人は、本当の深い自然の美しさをとらえることは難しい。
アメリカの物理学者、リチャード・P・ファインマンの言葉だが...。
な、なんてことを言うのだ!数学を「美しい学問」と言い切る人たちの放つ驚くほど高いプライドと、それを理解できないものに対する嘲笑をも含んでいそうな自信。数学嫌い差別だ!なんて吠えてみるものの、その山に登ったことのない私には見たことのない景色が広がっているのだろう。ファイマンさん。私の目に映る世界とあなたが見ていた世界はどんな風に違うのだろう。

今からでも目指してもいいですか?リケジョ。

まずは累計16万部を超えるライトノベル「浜村渚の計算ノート」からはじめるとするか。シリーズの著者、青柳碧人氏が語っていたことに激しく感動したので。

「僕は小説を書くかたわら、塾で中学生に勉強を教えています。あるとき生徒から"数学を勉強して何の役に立つの?"と聞かれたんです。"いい大学に進学できるから"と答えるのは簡単ですが、そんな言葉で生徒をねじ伏せたくはありません。そこで自分なりの答えを出そうと思い、数学が排除された世界を舞台にこの物語を書きました」
((『ダ・ヴィンチ』8月号「文庫ダ・ヴィンチ 一般文芸×ライトノベル キャラ立ち小説が今面白い!!」より))

vol.175 「謎だらけの世界へ」 by李寧


2月のテーマ:謎

今回は中国語と日本語の対訳でお送りします。

【中国語】
回到那謎一樣的世界

为什么鸟儿会飞?我什么我不能飞?我是从什么地方来的?大人们怎么不用上学,我问什么要每天上学?我想10个人里边会有9.999个人曾经问过自己父母类似的问题吧!
我们都经历过童年, 小时候的自己总是对未知的事情充满了好奇心。总是想解开一个又一个未知的谜团、总是想快点长大。我曾经很向往大人们的世界,总是在心里盘算着"我要这样或者我要那样的计划。"随着谜团被一个一个解开,我们渐渐的长大。终于走进了大人的世界,那些曾经的谜团变成了普通的不能再普通事情。

于是,我们又开始怀念童年, 开始缅怀过去。三两好友聚首时、或是小学同学的聚会,我们都会说道一下小时候自己做的傻事。终于发现人的一生最快乐的时光正是自己的童年时代。
如果可能的话,我想一直像小时候一样一直生活在一个充满迷的世界。
不过现实还是要面对地。就把谜团一样的童年时代作为"调味料"小心收藏,觉得生活无趣的时候拿出来调一调吧!

【日本語】
「謎だらけの世界へ」

なんで鳥は飛べるの? なんで私は飛べないの? 私はどこからきたの? なぜ大人たちは学校に行かなくていいの? なんで私は毎日学校にいかなければならないの? 10人のうち9.999人は、親にこのような質問をしましたよね?

小さなとき目に映った世界は謎だらけでした! 早く大人になりたい。憧れの大人の世界に足を踏み入れたい。私もそんなふうに心の中で「大人になったらこうしたい、ああしたい」と考えていました。でも知らず知らずの間にかつてのなぞは一つまた一つと解かれて、自分もようやく大人になりました。誰かから、「日本では50歳にならないと大人とはいわない」と聞いたことがありますが本当でしょうかね! もし本当なら今でも大人とはいえないかもしれないです(笑)。

大人になってから子供のころのことを顧みると、あの時が一番楽しかったなと思います。同窓会などでは、現在の話より幼いころの話が圧倒的に多いです。いついつ、どんなバカなまねをしていたかとか。可能であればずっと子供のままでいたいですね! 何も考えなくてもいい、何も分からなくてもいい、謎だらけの世界でずっと生活したい。

でも現実は、家庭にも仕事にも真剣に向き合わなければいけません。だから、あの謎だらけの時代は現実の調味料として取っておくことにしましょう。そして生活に味がない時には、その調味料を少し入れてみることにします。


vol.174 「縁起を担いでポジティブに!」 by齋藤恵美子


1月のテーマ:縁起

私はあまり縁起を気にすることのない環境に育ち、縁起を担いだりしない毎日を送ってきたような気がする。それは、祖父母や両親がそうだったからだろうとずっと思っていた。何しろ母に至っては、厄年のお祓いに出かけた神社で、神主さんをお祓いしちゃったという逸話があるほどだ。厄年の女性数名が神主さんのお祓いを受けた後、横並びの列の先頭にいた母に神主さんから御幣(白い紙を挟んだ木の棒というか笏のようなもの)が渡された。どうすればいいか分からず慌てた母は、思わず神主さんが自分にやってくれたとおりに、神主さんに向かって御幣をシャシャシャーと振り、御幣をお返ししたという。ほんとうは、ただ御幣をかしこみいただいてお返しすればいいだけだったらしい。家族みんなで大笑いした覚えがある。

ただ、この文を書くにあたって、これまでのことをいろいろ思い出してみると、私の祖父母も両親も意外に縁起を意識して暮らしていたのではないかと思えてきた。

1つ思い出したことがある。昔、実家の裏庭は小学生が集まってボール遊びができるくらいの広さがあり、その中ほどには深い井戸があった。ある時、道路の拡張のためその裏庭に家を移動することになり、井戸の上に家が建つことになった。どうも井戸をつぶしてその上に家が建つことは縁起的には問題があるらしく、両親はその井戸を埋める前に神主さんに頼んでお祓いをしてもらっていた。その情景が今でも目に浮かぶ。

また、両親は初詣をかかさなかったし、厄年のお祓いもしていた。毎月祖父母の命日にはお坊さんを家に呼んでお経をあげてもらっていたし、もちろんお盆のお墓参りもかかさなかった。

縁起にかかわる儀礼的なことを続けるのは、先祖から伝わってきた習慣で当たり前なのかもしれないが、きっとそれをすることで、両親は安心感を得ていたのではないだろうか。たとえ、厄払いした帰り道ですべって転んで膝をすりむいても、途中で買った宝くじが当たらなくても、車をぶつけて前がへこんでも、なんとか元気に帰宅出来たのは、きっと厄払いをしたおかげと思っただろう。お祓いを受けていなかったら、もっと悪いことになっていたかもしれない。

縁起をしっかり担いで、お墓に参り、神社に詣で、そして厄を払えば、わが身に降りかかる多くのことをポジティブに受け入れられるようになるのかもしれない。私もこれからは、縁起を担いで少しくらい悪いことがあっても、positive thinkingに徹していこうかな。

 1  |  2  |  3  |  4  |  5  | All pages