2月のテーマ:夜
東京で生活していると思い出すこともあまりないが、初めて訪れた街や旅先で暗い夜道を歩いていると、ふと甦ってくる思い出がある。
10年近く前のことになるけれど、西アフリカのある国を旅行していた時のことだ。日に1本しかない国境越えのバスに乗るため、夜明け前に宿を出てバス停に向かって歩いていた。
日の出までそれほど時間はないはずだったが、空はまだ暗く、周囲はほとんど完全な暗闇だった。土がむき出しの道路沿いには人家も街灯も玄関ポーチの灯りもなく、月明かりだけが頼りだった。
宿を出てしばらく歩いていると、少し先に人影が見えた。そう思った次の瞬間、僕は数人の男に囲まれていた。そして1人が手に持っていた小さなナイフを僕の腹にそっと押しあて、金を要求した。彼らは背負っていたザックとポケットの中のお金を奪うと、あっという間に暗闇の中に消えた。
所持品はすべて奪われたものの、幸いなことに腹巻き状の貴重品入れに入れていたパスポートと大部分のお金は無事だった。結局、悩んだ末に僕は手ぶらで国境を越え、そのまま旅を続けることにした。
だがその後も夜に対する恐怖心はなかなか拭えなかった。1人で観光中、日が傾き出すとあわてて宿に戻った。複数でも夜の外出はできるだけ避けた。旅を続けるつれて恐怖心は徐々に薄れていったが、それでも完全に消えることはなかった。
その数カ月後、僕は東南アジアのある国にいて、トラックを改造したバスに乗って夜の山道を移動していた。後ろを振り返くと、道が猛スピードで後ろに過ぎ去っていく。ほかには1台の車も走っておらず、バスが通り過ぎた後の道は完全に真っ暗だった。
だがしばらくすると、真っ暗なはずの道の両脇の茂みに無数の蛍がいるのに気がついた。見たこともないくらいの数の蛍だ。バスが過ぎ去ると、蛍は安堵の息をもらすかのように柔らかな光を放ち、その光の列は途切れることなく続いていた。
今でも折にふれてこの2つの出来事を思い出す。そしてそのたびに、つくづく夜のもつ底知れなさ、奥深さに感嘆するのだ。