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vol.86 「恐怖症」 by 藤田庸司


7月のテーマ:怖い話


怖いもの。地震、雷、火事、親父とよく言うが、人は大人になるにつれ、怖いものの数が減っていく気がする。僕だけだろうか。子供の頃は、幽霊や怪談、学校の先生やヘビをはじめ、今となっては些細なことも恐怖の対象となっていたが、世の中を知り、物事の実態や対処法を知るにつれ、それらに対する恐怖心は消えていった。これは年齢を重ねるごとに恐怖という一つの感受性が麻痺したと言い換えることができる。そして感受性が麻痺するということは、何かに感動する機会も減るということを意味し、恐怖におののいたり、肝が冷えることが減るということは、実は人生を豊かにする要素が減るという寂しいことなのかもしれない。

ただ、麻痺していく恐怖感に対して、薄れることのない、条件反射的に感じる恐怖がある。"恐怖症"というものだ。僕は高い所が苦手だ。高所恐怖症である。高い所から少しでも下を見ると、吸い込まれるような、フワっと宙に浮くような感覚に襲われ足がすくむ。訪問先のクライアントのオフィスがビルの高層階にあり、ガラス張りの高速エレベーターで数十階まで一気に上がるのだが、絶対に外は見ないようにしている。設計者は良かれと思ってそうしたのだろうが、僕にとっては豚に真珠だ。もちろん経験はないが、バンジージャンプをすると考えただけで少し体温が下がる。

同様に狭い場所にも恐怖を感じる。閉所恐怖症というやつだ。これは子供の頃のトラウマが関係するのかもしれない。大きな家電を包装していたビニール袋を頭からすっぽり被って遊んでいて、窒息死しそうになったことがある。狭い場所にじっとしていなければならなかったり、閉じ込められたような状況に置かれると、とても不安になり怖くなる。乗車中の電車が何らかのトラブルで満員状態のまま駅間で停車することがあるが、あれは拷問に等しい。

そして、以上2つの恐怖症を見事に引き出してくれるのが飛行機だ。何度乗っても苦手である。上空1万メートルと聞いただけで胸騒ぎがするし、特に離着陸や乱気流に入った際に揺れる時など、"降りたい"と思う。リアルに飛んでいる感覚が伝わり恐怖を感じるのだ。不安を紛らわそうとワインなどをガブ飲みしたら悪酔いし、現地到着時にはボロボロになっていたこともあった。また、エコノミークラスにしか乗ったことがないので、狭い座席に何時間もじっとしていなければならないことが苦痛で仕方ない。時間と経済的な余裕があれば広い海原を眺めながら、ゆったりと船で渡航するのだが...。宇宙旅行も遠い未来の話ではなさそうだが、僕はまず無理だろう。何らかの理由で人類が地球に住めなくなり、宇宙惑星に移住しなければならなくなっても僕は地球に残りたい。