発見!今週のキラリ☆

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vol.93  「映像翻訳者は役者であれ」 by 浅野一郎


10月のテーマ:先生

先日、実践コースの面談で質問を受けた。"映像翻訳は才能でするものか?" 僕は"否"と即答した。
自分を引き合いに出すのは非常におこがましいと思うが、なぜなら、僕自身、文才などという高級なものとは、まったく縁もゆかりもない人間だからだ。

では、そんな僕が、この映像翻訳業界で生き残っている理由は何だろう? それは、素材を見た瞬間に「これは~っぽいな。だから、~っぽく仕上げればいいのでは?」と見当を付けられる、プロの映像翻訳者の眼のおかげだ。

世の映像素材には、必ずと言っていいほど、ある一定のパターンがある。それは登場人物やストーリー、または、チャンネル特有の好みだったりもする。

僕は家に帰ると必ず、毎日必ずテレビを1時間程度、流し見をする。どのチャンネルで、どんな番組がやっているか? 好きなチャンネルで次はどんな番組を編成するのか等々、いろいろなことを考えながら、次々にチャンネルを変えていく。
そんなことを、ここ6~7年程度続けている。
というわけで、僕の頭の中には、ありとあらゆるチャンネルや番組の雑多な知識が詰まっているのだ。

そして、その蓄積が、素材を見た瞬間に、「~っぽい」という感覚を持つ、つまり翻訳の制作方針を即座に、且つ的確に決めることができる助けになっている。

話は変わるが、僕は子供時代に非常に友達が少なく、唯一の楽しみといえば、テレビから流れてくる外国映画の登場人物に成りきって"ごっこ遊び"をすることだった。

I love the smell of napalm in the morning.
―"朝のナパームの匂いは格別だ"(キルゴア中佐~地獄の黙示録)

Do you feel lucky, punk?
―"それでも賭けてみるか? どうだ?"(ハリー・キャラハン ~ダーティーハリー)

Engage!
―"発進!"(ピカード艦長 ~スタートレックTNG)

こんな名セリフをラジカセで録って、何度も繰り返して聴き、そして真似をしていた。もちろん、子供のころは何と言っているか分かってはおらず、単に語感を真似していたに過ぎない。
それでも、どんな気持ちで、そのセリフを言っているのか等、思い切り感情移入して真似をしていた。
海外のメディアが好きな人ならば、必ず一度ならず経験していることではなかろうか?

前述の、「~っぽい」という感覚と同様に、その人に成りきる、演じるということも映像翻訳をする上で、とても大切なことだと思う。そして、これらの感覚は天与の才などでは決してなく、好きでテレビを見ているうちに自然に身についてしまうものだ。

翻訳がうまく進まないと悩んでいる受講生や修了生諸君、まずは、胸に手を置いて考えてほしい。自分は、この素材のことを真に理解しているか? 自分は、この素材に心底、感情移入ができているか? 視聴者にどう伝えたいか?ということがハッキリしているか? これらができていない翻訳者が作った原稿を第三者がすんなり受け入れてくれるはずがない。

もちろん、英語の読解や解釈、調べモノに気を配るのは当然だが、その前に、上で書いたことようなもっと根源的なことを考えてもらいたい。

映像翻訳は血でするものではない。映像翻訳者は、映像翻訳者として生まれるのではなく、努力して映像翻訳者になるのだ。
だから、誰にでもチャンスは平等にある。頑張れ!