発見!今週のキラリ☆

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vol.95 「壁を作っていませんか?」 by 藤田庸司


11月のテーマ:壁

今期の担当枠はすでにこなしたが、僕は基礎コース・1の講義を受け持っている。"映像翻訳"という未知の世界に心を寄せ、メモを取りながら真剣に話に聞き入る受講生の姿からは迫力というか、情熱というか、並々ならぬエネルギーが伝わってくる。元来人前で話すことが苦手な僕もつい我を忘れて熱く語ってしまうほどだ。

独自で練った講義の進め方は期ごとに変わることはないものの、ちょっとした最近の出来事を話しの切り口に使うことがある。今期はそれを"なぞなぞ"にして話してみた。

問題:「先日、私の担当しているクライアントから会議に使用する、ある航空会社のプロモーションビデオ(英語版)に日本語字幕をつけてほしいとの依頼がありました。予算も決まりスケジュールも決まり、いざ作業に取り掛かろうとした時、いきなりキャンセルの連絡が入りました。なぜでしょう?」

答え:会議に出席する人たち全員が英語に堪能だから(=英語が理解出来るので字幕は必要ない)。

これは最近、実際にあった話で、ハッと考えさせられた出来事だった。この出来事には映像翻訳が何であるか、翻訳とは何であるか、さらには翻訳という仕事に携わる人間がなぜそうした作業をしているのか?という"翻訳"についての壮大なテーマが秘められている。

英語が100%理解できる人に字幕や翻訳は必要ない。翻訳者は原語の分からない人のためにその内容を伝える、いわば伝達係である。「何を今更、そんなの当たり前だよ。」と思われるかもしれないが、映像翻訳の学習を続けるうち、仕事を続けるうちに、この事実を忘れがちになる。翻訳作業中は、とかく文字数制限内に言葉を収めることや英語の解釈、表記のルールに注意が注がれる。もちろん重要だが、こうしたテクニカルな要素は、その根本にあるべき視聴者への労わりがないと、ともすれば間違った方向に進んでしまったり、悩まなくていいところで悩んでしまったりする。例えばよく「字幕の流れを作る際に、どの情報を生かして、どの情報をカットすべきか悩む。選択法を教えてほしい。」と相談を受けることがある。字幕ではどうしても原文の情報をカットしたり大胆にまとめたりしなければならず、情報の取捨選択を強いられるが、その際、まずは視聴者が何を求めているか、何を知りたいかを考えることが大切だ。

もし自分が視聴者なら"この情報は知っておきたい"とか、"知らせてほしい"とか、視聴者と同じ目線に立ってニーズはもちろん、視聴者がそれらを見る前の期待感やワクワク感までも考えてほしい。また番組制作者の意図も考えるべきだ。この映像を作ったプロデューサーやディレクター、スタッフは何を視聴者に伝えたくてこの作品を作ったのだろうか? 幸せな気分になってほしいのか? 怒りに震えてほしいのか?泣いてほしいのか? その町をもっと知ってほしいのか?その商品をもっと買ってほしいのか?

我々MTCスタッフの間では映像を読み込む力やセンスを"メディアセンス"と呼んでいる。スクリプトとにらめっこするうちに、知らず知らずのうちに視聴者との間に壁を作っていないだろうか。英語がほとんど分からず字幕を必死に追っていた頃の自分に捧げる気持ちで字幕を作ってみよう。より自然な言い回しや、より自然な字幕の流れが思い浮かぶと思う。