発見!今週のキラリ☆

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vol.121 「あなたの泳ぎ方に憧れていました」 by 桜井徹二


10月のテーマ:憧れ

何年か前、ジムのプールで泳いでいた時、以前からたびたび見かけていた白人男性が隣のレーンから声をかけてきた。彼はつたない日本語で「あなたの泳ぎ方に憧れていました」と言った。

そう言われてかなり面食らったが、おそらくは「そんなふうに泳げるようになりたい」くらいの意味だったのだと思う。僕はスピードは度外視して、なるべくきれいに泳ぐことを念頭に置いて泳いでいたので、そう思われたのかもしれない。

彼は外国人で、おまけに体格もよいせいで顔を覚えられやすく、他の利用者にしょっちゅう声をかけられるらしかった。日本に住んでいる外国人はたいてい同じような経験をするらしいが、彼自身はかなりの人見知りなので実は声をかけられるのが苦痛だと言った。

「じゃあ、なぜ僕に声をかけたんですか?」と聞くと、「泳ぎ方を見て、この人なら話しかけても大丈夫かなと思ったからです」と彼は答えた(もちろん、実際はもっとつたない日本語で)。

「プール通いを始めて、泳ぎ方にはその人の性格が現れることに気づきました。泳ぎ方を見ればどんな人かだいたいわかります。少なくとも傾向くらいはわかります。うるさい人は泳ぎ方もうるさいし、真面目な人は泳ぎ方も真面目です。さびしい人は泳ぎ方もさびしいです」と彼は笑いながら言った。

そんな話をしてから、僕はプールで彼に会うとあいさつを交わすようになった。時々は会話も交わした。彼の話を聞いたあとだったので、僕は彼の泳ぎ方も観察してみた。白熊を思わせる見事な体格をした彼の泳ぎ方は、ぎこちなさもあったが、一生懸命で、どこか心打つひたむきさを感じさせる泳ぎ方だった。

しばらくして僕は別の街に引っ越すとともにジムも鞍替えし、彼のこともすっかり忘れてしまっていた。だが先日、いつも通っているジムが短期休業している間に出かけた公営プールで彼を見かけた。

レーンを行き来する外国人スイマーを見て「あんなふうに泳げたら気持ちいいだろうな」と思っていたら、泳ぎ終えてさっとプールサイドに上がったのが彼だったのだ。向こうは僕に気づかなかったようで、そのまま引き上げていった。

かつて彼の泳ぎを見て感じたひたむきさは、あながち間違いではなかったのだろう。この数年の間に彼はこつこつと腕を磨き、今では誰が見ても憧れるようなすばらしい泳ぎ手になっていた。もしまた彼に会うことがあったら、「あなたの泳ぎ方に憧れていました」と声をかけたいと思っている。