vol.141 「誰のためでもないテープ」 by 桜井徹二
8月のテーマ:記録
10代前半のころ、僕は来る日も来る日もテープばかり作っていた。好きな曲ばかりを集めた、いわゆる「マイ・ベスト」テープだ(映画『ハイ・フィディリティ』で主人公が、気になる女性に渡すために曲をピックアップして作っていた、あれです)。
僕の「マイ・ベスト」テープは、ラジオ番組の曲を集めたものだった。番組をカセットに録音して、それを聴いてこれはと思う曲があれば、その曲をまた別のカセットにダビングしていく。そうやってこつこつと自分が好きな曲を集めたテープを作っていた。
と書くとわりと簡単そうだけど、実際はものすごく時間がかかる。ラジオ雑誌を買って曲名を調べる。無音の部分がなるべく少なくなるように曲の長さを計算しながらダビングする。手動で録音スタート・停止をするので、録音中はステレオの前でじっと待つ。おそろしく手間のかかる作業だった。しかもこの手間ひまかけたテープは、『ハイ・フィディリティ』のように女の子に渡すために作っていたわけでも何でもない。
当時の同級生の間ではBOOWYやブルーハーツなんかが人気だったけれど、僕の音楽的アイドルはペット・ショップ・ボーイズやスティングなんかだった。友達や女の子が氷室や光ゲンジなどの話をしているそばで、僕は下敷きにデペッシュ・モードのシールを貼ったりしていた。だから、トム・トム・クラブやウォズ・ノット・ウォズが入っているような僕の「マイ・ベスト」を聴かせるような相手なんて、友達を含めてどこにもいなかったのだ。
もし僕がアメリカかイギリスあたりの中学生だったら、『(500日の)サマー』のエレベーターの中のシーンのように、「へえ、そのアーティスト好きなの?」みたいなことになって、もう少し華やかな学校生活を送れていたかもしれない。でも残念なことに僕はアメリカに住んではいなかった。日本のまともな中学生なら誰だって、ノートに「PSB」なんて訳のわからない落書きをしてるような人に話しかけようとは思わないだろう。
それでも(あるいは、だからこそ)、僕は時間と情熱を傾けてテープを作っていた。そうやってかなりの時間を費やして記録した曲は、確実に僕の体に染み込み、僕の血肉となっている。それからあとも僕はずっと1人で勝手に好きな音楽を聴いてきたけれど、つねに音楽的な嗜好のベースにあるのは、あの頃好きだった音楽であり、あの頃ラジオから集めた曲だった。
だから誰のためでもないテープ作りに注いだあの膨大な時間も、けっして無駄ではなかったと思っている。もちろん1人くらい、「へえ、そのアーティスト好きなんだ?」みたいな子がいたらもっと言うことはなかったのだけれど、それはそれとして。