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vol.144 「食べ物の音」 by 小笠原ヒトシ


9月のテーマ:食

食べ物の様子を伝えるとき、人間の持つ五感(視覚、味覚、触覚、臭覚、聴覚)を使って表現しますよね。

食べるときには、まずどんなモノかを見てから食べますから"視覚"で表現します。真っ赤なトマトやツヤツヤ光った白いご飯は美味しそうですね。

次に食べるということは口に入れて味わうのですから、甘いおはぎ、酸っぱいリンゴ、辛いキムチなどと"味覚"で表現されることが多いのは当然です。

"触覚"は直接手で触るほかに、スプーンや箸を使った際の感覚も表現できます。もちろん口に入れた際の食感も重要です。触覚は味覚以上に美味しさを決めるポイントだと言われるくらいです。柔らかい、硬い、フワフワしている、コシがある、ザラザラしている、ツルツルしている。それだけでどんな様子かが分かるでしょう。

そして"嗅覚"も人間の記憶を呼び起こす大切な感覚です。駅前の焼き鳥屋さんから漂う甘辛いタレの焦げたニオイを嗅ぐと、美味しい生ビールの記憶も一緒に蘇り、ついつい寄り道したくなってしまいます。

そんな中、食べ物の様子を伝える際に一番使われない感覚表現が"聴覚"ではないでしょうか? 確かに「ポリッという音を立ててキュウリをかじる」と新鮮そうだったり、「ポテトチップスをパリパリと音を立てて食べる」と表現したりすれば湿気ってないのだなということは分かります。ただ、それは食べた際に発生する音を表現しただけで、食べ物自体を表現している訳ではないですよね。

そんなことを考えるきっかけになったのは、現在JVTAバリアフリー事業部で取り組んでいるクローズド・キャプション(CC)の字幕を作っている時でした。CCは翻訳字幕同様にセリフを字幕化するほか、ストーリーの進行に関する音や登場人物のアクションのきっかけになる音の情報も字幕で表現しています。

例えば、映画館でA子さんが映画を見ていると、ズーズーと飲み物をすする音がします。A子さんは眉間にしわを寄せてチラッと横を見ます。するとカメラは横でBさんがズーズーと音を立ててコーラを飲んでいる姿を写します。このシーンを音声なしで観ると、なぜA子さんの表情が険しくなったかがすぐには分かりません。そこで、ズーズーという音がしたタイミングで、(コーラをすする音)とか(飲み物をすする音)などという字幕を出すと、音が聞こえなくてもA子さんの行動の原因が分かるのです。

CC字幕の制作時には常に、「この表現でいいのかな?」、「これでちゃんと伝わるかな?」と悩みながらの作業を行っています。時折、ポリポリお菓子をつまみ、ズルズルとホットコーヒーをすすりながら。