7月のテーマ:乗り物
1960年、「旧ソ連に後れを取るわけには行かない」と当時のアメリカ大統領ジョン・F・ケネディは宇宙計画に力を注いだ。その後、人類初の月への有人宇宙飛行計画であるアポロ計画をスタートさせ、その思いはリチャード・ニクソン大統領政権下に引き継がれた。そして1969年、ついにアポロ11号が人類の月面着陸という歴史的快挙を成し遂げた。冷戦下における旧ソ連との覇権を争いや、宇宙開発によって莫大な利益を得る大手軍事企業のロビー活動など、いろいろな背景があるものの、当時のアメリカ国民、ひいては全世界に大きな希望を与えたのは間違いない。当時の子供たちはみな宇宙飛行士になりたがり、開発者や科学者たちは国民の尊敬を集めた。
1962年のケネディ大統領の演説に、印象的なセリフがある。
We choose to go to the moon. We choose to go to the moon in this decade and do the other things, not because they are easy, but because they are hard.
「困難だからこそ挑戦する」。いかにもアメリカらしい発想だ。まだ見ぬ新しい世界を夢見ながら、不可能に思えることにあえて挑む。そして幾多の困難を乗り越えて、不可能を可能にする。「無理だ」とあきらめてしまいそうなときに、元気と勇気をくれるセリフだ。
そんなアメリカのチャレンジ精神を象徴したのが、スペースシャトル計画だろう。最初のスペースシャトルが宇宙へ打ち上げられたのは1981年。ロナルド・レーガン大統領政権下のことだ。その成功は、アメリカの国際的な存在感、パワー、偉大さを証明し、アメリカ国民すべての希望と誇りとなった。
しかし1986年に、 チャレンジャー号が爆発。7名の宇宙飛行士全員が死亡する事故が起こる。アメリカの成功と権力を裏付ける存在だったスペースシャトルの初めての大惨事に、当時のアメリカが受けた衝撃と絶望感は計り知れない。その後も、スペースシャトル計画は続くもの、911同時多発テロや2003年のコロンビア号の空中分解による全乗組員死亡事故などを経て、2008年のリーマンショックからほどなくした2011年、アトランティス号の打ち上げをもって、人々に希望を与え続けたスペースシャトル計画は、終わりを告げた。
現在、ディスカバリー号やアトランティス号などのスペースシャトルは引退し、アメリカ国内の航空宇宙博物館に展示されている。中でもエンデバー号は、ロサンゼルスのカリフォルニア科学センターに展示されている。昨年2012年にエンデバーがボーイング747に乗ってロサンゼルス国際空港に到着したときは、大勢の市民が空港周辺に駆けつけて、LAの街中が大混乱となった。皆が上空を見上げ、滅多に見られないその光景に見入っていた。私のその中の一人だ。
私は、アメリカをアイディアの国だと思っている。そのアメリカが誇るインスピレーションとイマジネーションの結晶であるスペースシャトル計画がもう存在しないと思うと、とても切なくなる。「困難だからこそ挑戦する」というアメリカの精神はもう過去のものなのだろうか。引退したスペースシャトルを博物館で見た次世代の子供たちが、その歴史と功績に希望と刺激をもらい、新しいミッションに果敢に挑むことを願うばかりだ。
(写真はロサンゼルスにエンデバーが来た時に撮影したものです)