9月のテーマ:地図
MTCの業務の一つに受講生との面談がある。受講期と受講期の間に一度、20分程度でディレクターが受講生に行う個別カウンセリングである。「英語力を上げたいのですが、勉強法は?」、「日本語が上手になりたいんですけど...」、「字幕における情報の取捨選択のコツは?」、「私ってプロになれますか?」。技術的なことをはじめ、進路や将来への不安、ひいてはライフプランに関わる踏み込んだ内容など、質問や悩みは多岐に渡る。"翻訳に答えはない"とよく言われるが、プロへの道も決まった道があるわけではなく、明確な進路を示す地図などもない。学習する個人個人の出発地点(レベル)も違えば、目指すゴール(スキルを用いての就業形態)も違う。面談では、受ける質問を分析したうえで経験から得た知識を地図のように広げ、その人にぴったりのルート(結論)を模索していく。僕自身もかつては受講生だったので、将来への不安や焦り、戸惑いが分かるぶん、つい熱くなってしゃべり過ぎてしまうこともあれば、面談終了後、あれもしゃべればよかった、あれを言い忘れたなど、肝心なことを伝え切れていなかったことに気づき後悔することもしばしばである。
先日こんな質問を受けた。「半年ごとに多くの修了生が出ますが、自分にまで仕事が回ってくるのでしょうか? 字幕の必要な映像素材って、世の中にそんなにあるのでしょうか?」。翻訳を職業にすべく学習されている方にとっては出て当然の質問である。
一昔前、字幕が必要なコンテンツといえば劇場映画やBS、CSチャンネルで放送される海外ドラマぐらいと思われていた。しかし、現在はインターネットの普及により、ネット上で扱われる膨大な量の映像コンテンツが字幕翻訳、吹き替え翻訳などを必要としている。一週間に一回放送といった海外ドラマやドキュメンタリー番組に代表されるテレビ用コンテンツとは違い、放送枠の制限がないWebの世界には、映画、ドラマ、エンタメ、スポーツはもちろん、企業紹介ムービー、インフォマーシャル、医療器具マニュアルから"えっ!こんなものまで?!"といった映像まで、翻訳を必要とするコンテンツが山のように存在する。"劇場映画の翻訳しかやりたくない!"、"ドラマしか翻訳したくない"などと考えなければ(それはそれで立派な目標ではあるが)、仕事の有無に関しての心配はないだろう。
また、たとえ近い将来に自動翻訳機が精度を上げ、翻訳は機械やコンピューターの職務になったとしても、映像翻訳は必要とされる。制限された文字数や尺の中、映像に合わせつつ必要な情報を判断し、それをつなぎ、文章として構成していく作業は、機械やコンピューターでできるとは到底思えない。人間の感性やクリエイティビティがなければ成し得ないはずだ。
めまぐるしく変化を遂げる映像業界、放送業界。5年前にはクライアントから作業用の映像素材をビデオテープで借りていた時代から、DVDで借りる時代を経て、今や映像ファイルでの受け取りがメインとなっている。そして2020年の東京オリンピックが決まった。我々の仕事に大きく関わることは疑いの余地もなく、いろいろな翻訳案件が予想される。絶えず時代の流れを汲み取り、不安を抱えながらも夢に向かって道なき世界を進む方たちの案内人として少しでも力になれたら、MTCディレクター冥利に尽きるというものだ。