5月のテーマ:休み(holiday)
休日は仕事を忘れて過ごしたい。誰しもそんな風に思っているだろう。実際に私も、今日は小難しいことは考えないでのんびりしようとか、友人との時間を楽しもうと思うことがある。ただ、映像翻訳の世界に入ってつくづく感じるのは、何ごとにもアンテナを張っておくことの大切さだ。映像翻訳者には、ドキュメンタリーやテレビ番組、映画と、どんな内容の仕事の依頼がくるか分からない。つまり、いろいろな体験や知識がいつなんどき、どんなかたちで役に立つか予測できないのだ。逆に言えば、どんな経験でも後に仕事の助けとなる可能性がある。
そう考えると、休日もうかうかしていられない。友人との待ち合わせ場所に行く途中でも、街中を見渡して新しい商品やお店、流行りを見つけたり、本屋さんに立ち寄って新書のタイトルを眺めてみたり、電車の中で他の人たちが何を話題にしているか耳を傾けたりと、情報を得ようと思えばいくらだってできる。散歩をするにも、ただぼんやりと歩くのではなく、その地域の歴史を調べてみる、最近の子どもたちの遊びを観察する、どんな花が盛りなのかを見るなど、少し意識をすることで数十分の散歩も豊かな体験になる。
その場でたまたま出会った人との交流もあるだろう。いつだったか、東京大学敷地内の三四郎池を眺めていたとき、すぐそばで硬くなったパンを鯉にあげていた小学生が教えてくれたことがある。彼によると鯉には咽頭歯という丈夫な歯があり、硬いものでも砕いて飲み込めるのだそうだ。近々鯉についてのドキュメンタリーの仕事がくる確信はないが、こういう小さな知識や経験の積み重ねは、映像翻訳者にとって無駄になることはない。
どんな体験でも実を結ぶ可能性があると考えると、思わぬアクシデントさえ貴重に思えてくる。この前の日曜日、七里ヶ浜に散歩に出かけたときだった。防波堤にすわって屋台で買った結び豆を食べていると、ふいにガサガサっと目の前で音がしたかと思うと、豆が袋ごと10メートル下の砂浜に散っていった。テレビやインターネットでも話題にされるトビの仕業だ。このとき、素の私は500円損したと嘆いたが、映像翻訳者としての私はトビの巧みな狩りを間近で体験できたことに少なからず喜びを覚えた。
もちろん、"トビの狩りを体験したから翌日から狩りの描写がうまくなる"とは言わない。けれども、自分の五感で味わった経験が言葉を生み出す創造力を刺激してくれるのは間違いない。映像翻訳者は家にこもって作業をしがち。だからこそ、休日は表に出て小さな体験をたくさんしてほしい。