明けの明星が輝く空に

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第10回:怪獣は噛み付かない
2010年11月04日

【written by 田近裕志(たぢか・ひろし)】子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】 映画館で『宇宙戦艦ヤマト』の予告編を見た。VFXがかなり迫力ありそう。デスラー総統役は、伊武雅刀であって欲しい。
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前回、怪獣の角について書いた。角の形態は実にさまざまだが、ほとんどは先端が鋭角的でかなりの攻撃力を持つように見える。しかし、そんな怪獣たちを思い出していて、ひとつ気がついた。彼らはその立派な角を、武器として使ったことがほとんどなかったのだ。

答えを導きだすヒントは、ウルトラシリーズを世に送り出した円谷英二氏の基本理念にある、と僕は思う。東宝映画『ゴジラ』の特撮監督も努めた円谷氏は、残酷・グロテスクなもの、そして過度な流血を嫌ったそうだ。角を突き刺せば、当然血が吹き出る。ウルトラシリーズは子供向けの番組だ。映画『仁義なき戦い』ではないのだ。

このあたり、大映映画のガメラシリーズと比べると面白い。ガメラは実によく切ったり刺されたりして流血した。何しろ戦った相手が、何でもスパッと切る怪光線を発したり、頭部が包丁のようだったり、とにかく"切る"エキスパートが多かったのだ。もしかしたら、甲羅の防御力を強調する演出意図があったのかもしれない。甲羅だけは相手の攻撃を跳ね返せたから。

流血を嫌うという観点で見ると、ウルトラシリーズなどの怪獣達にはもうひとつの特徴があることに気がつく。それは口の大きさだ。日本の特撮ばかり見ていてもわからないが、東宝版ゴジラとアメリカ版ゴジラを比べてみれば一目瞭然。前者は小さく、後者の方が圧倒的に大きい。

鋭い歯が並んだ口は、攻撃力バツグンだろう。ウルトラマンだってガブってやられれば、相当こたえるはず。流血があっても不思議でない。だけど円谷氏の理念に従えば、そんな場面はもってのほか、ということになる。当然武器として強調する必要のない口は大きくならなかった、と考えることができまいか。

しかし、最近読んだ本によって、もっと現実的な理由の可能性についても考えさせられた。その本とは、怪獣の着ぐるみを制作する造型師として、平成ゴジラシリーズに携わった品田冬樹氏の著書『ずっと怪獣が好きだった』。それによると、ゴジラの下あごの付け根は、開閉の便宜を考えて小さくなったのだそうだ。ゴジラのような直立怪獣は首が邪魔になり、あごが開けづらいという。

怪獣の口を大きくすれば頭部自体が大きくなり、かなりの重量になるに違いない。着ぐるみとしては使い勝手が悪いだろう。大きな口のアメリカ版ゴジラはCGだからこそ機敏に動けた。着ぐるみだったら、あの動きはできそうにない。大きな頭を操り、敵に噛み付かせるのも容易ではないはず。かと言って、小さな口で噛み付いても迫力はない。噛み付き攻撃をする怪獣がほとんどいなかった理由には、そんな事情があったからかもしれない。