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【悪役を語るコラム】日本が世界に誇る悪役、松田優作in『ブラック・レイン』
2012年08月10日

【written by 鈴木純一(すずき・じゅんいち)】映画を心の糧にして生きている男。『バタリアン』や『ターミネーター』などホラーやアクションが好きだが、『ローマの休日』も好き。
【最近の私】8月の注目イベントは"ニュー香港ノワール・フェス"。『強奪のトライアングル』『コンシェンス/裏切りの炎』『やがて哀しき復讐者』が上映されます。暑い夏に、熱い香港ノワールを堪能してきます。
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ロンドンオリンピックが始まり、スポーツの世界で多くの日本人選手が海外で活躍していることをいっそう意識するようになった。映画界で「世界を舞台に活躍する日本人」というと誰を思い浮かべるだろう?『ラスト・サムライ』の渡辺謙や真田広之、『マイティ・ソー』の浅野忠信がその筆頭だろうか。しかし今から遡ること20年以上前の1989年に公開されたハリウッド映画で、1人の日本人俳優が魅力を発揮していた。今回はその映画『ブラック・レイン』で、松田優作が演じた悪役について紹介したい。

『ブラック・レイン』で優作が演じるのは日本人ヤクザの佐藤。映画の冒頭、ニューヨークのレストランにヤクザが集まっている場面。レストランに佐藤が入ってくる。佐藤の目的は自分の親分を裏切り、組織が持っている偽札の原板を奪うことだ。原板を持って去ろうとすると佐藤。しかし先輩ヤクザに「(目先の欲で親分を裏切るなんて)まだまだ、ヒヨッコだな」と言われた佐藤はため息をつき、「ああ?」と目をむいて恐ろしい形相で振り返る。そして、手下のヤクザにナイフを突き刺し、さらに先輩ヤクザのノドをナイフで切り裂く。佐藤の時と場所を選ばない凶暴ぶりで、一気に緊張感が走るシーンだ。

そんな佐藤を逮捕するのが、ニューヨーク市警の刑事ニック(マイケル・ダグラス)とチャーリー(アンディ・ガルシア)。2人は佐藤を大阪まで連行するが、あっさり逃げられてしまう。そしてアメリカ人刑事たちは、大阪で佐藤の追跡を始めるのだ。しかし、佐藤の部下たちは、逆にチャーリーを駐車場に追いつめる。バイクに乗った彼らは、チャーリーを何度も刺す。そこへ佐藤が現れ、瀕死のチャーリーに向かってバイクで突進。チャーリーに文字通りとどめを刺すのだ。刑事だろうがヤクザだろうが、迷うことなく命を奪う非情な佐藤。観る者に佐藤の恐ろしさを改めて認識させる場面のひとつだ。

『ブラック・レイン』というタイトルは、戦争でアメリカ軍が日本を空襲して街を焼き、その炎の煙が黒い雲になり、やがて黒い雨が降ったという意味である。作中で日本人ヤクザは「アメリカが押し付けた価値観が原因で、佐藤のような仁義を尊重しないヤクザが生まれた」と言う。アメリカに征服された日本で生まれたヤクザ・佐藤が、アメリカで黒い雨となって犯罪を繰り広げる。佐藤というキャラクターは、演技を武器にハリウッドに立ち向かっていく優作の姿とダブるのだ。

ちなみに『ブラック・レイン』のクライマックスは2パターン撮影された。死闘の末に、ニックが佐藤を殺害するパターンと、佐藤を殺さずに警察まで連行するパターンだ。結局、この作品で佐藤は死なない。監督のリドリー・スコットはインタビューで「優作を死なせたくなかった」と話しているから、佐藤が再び登場する続編の可能性もあったのだろう。しかし『ブラック・レイン』撮影前から優作はガンに冒されており、延命治療をせずに撮影に挑んだ。スタッフは彼が病と闘っていることを知らなかったという。映画が公開されて間もなく、優作は40歳の生涯を終えた。

『ブラック・レイン』はハリウッド映画にありがちな、奇妙な日本の描写もある。しかしスコット監督お得意のスモークを使い、大阪の街を独自のビジュアルで撮っており、個人的には魅力のある作品だ。そして何より、松田優作が命をかけて佐藤を演じた映画として、記憶に残る1本になった。優作の活躍をもう見られることができないのが残念だが、いつか海外で日本人の俳優が、強烈な悪役を演じる日を楽しみにしている。