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第33回:ウルトラファイト!
2012年09月28日

【written by 田近裕志(たぢか・ひろし)】子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】庵野秀明監督の奥さんは、漫画家安野モヨコである。"カントクくん"との生活を描いた漫画『監督不行届』を、特撮博物館のお土産コーナーで買った。すごく面白い。オタク(夫婦揃って)の生態を研究する上でも、たんなるギャグ漫画としても。
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NCM_0263-2.jpg美しい雪山を遠くに望む枯れ野原。軽快なエレキギターの音色に乗って、怪獣2頭が踊っている。ゴーゴーを踊っている。と、1頭が誤って、もう1頭の足を踏んづける。ケンカが始まる。殴る蹴る、投げ飛ばす。そうして、いつ終わるとも知れない戦いが、延々と続く。

ウルトラシリーズの円谷プロダクションは、こんな"おふざけ"のような番組も作っていた。知る人ぞ知る『ウルトラファイト』である。放送枠はたったの5分。怪獣は人間大で、イベント用のふにゃふにゃな着ぐるみを使用。ストーリーは皆無。特撮はなし。『ウルトラマン』や『ウルトラセブン』を円谷プロの"王道"とすれば、こちらはそこから派生した"四コマ漫画的作品"と言えるだろう。

もともと予算ゼロで始まった『ウルトラファイト』は、前半と後半で大きく様変わりする。当初は『ウルトラマン』などの格闘シーンをつなげた、単なるダイジェスト版だった。それが後半では、新たに撮影が行われるようになる。それらはどれも、冒頭で紹介したような遊び心満載の内容で、ユーモラスであると同時に、どこかシュールな空気が漂う。そしてこれらのユニークな作品群こそが、『ウルトラファイト』のイメージを決定づけたのだ。

1970年から1972年にかけ月~金で放送された『ウルトラファイト』は、全部で196本。そのうちの10本が『円谷特殊技術研究所』(監修庵野秀明)というDVD-BOXに収められている。収録作品を選んだのは、あの『巨神兵東京に現わる』の樋口真嗣監督。当然ながら選ばれたのは、独特な世界観を持つ『ウルトラファイト』後半の作品群からだ。冒頭で紹介したのは、『狂熱のバラード』というサブタイトルがつけられた作品。これも樋口監督セレクションのひとつである。

先月レポートした特撮博物館に行った際、僕はこのDVD-BOXを購入した。何十年ぶりかの『ウルトラファイト』体験。改めて見ると、なんとも不可思議な世界のオンパレードだった。それは、一度は見たことのある僕ですら、「なんじゃ、そりゃ!」と突っ込みたくなるほど。変なものを変なものとして受け入れられる子どもたちと違い、大人はすぐ意味とか理由を考えたくなる。素直さをなくした大人が『ウルトラファイト』を初めて見たら、脳みそが溶け出してしまうかもしれない。そう考えると、実に危険な作品だ。皆さんがいきなりDVDを見て被害に遭わないために、樋口セレクションの作品を3つだけ紹介しておこう。ぜひ、ここで免疫を作ってから鑑賞してください。

『怨念!小島の春』
どこからか風に乗って飛んできた三度笠。ちょうど居合わせたウルトラセブンと怪獣が、それを奪い合う。お互い相手の邪魔をして、取らせまいとする。どうにも埒が明かず、業を煮やしたセブン。最後は三度笠を燃やしてしまう。

『怪獣餓鬼道』
砂浜でリンゴを食べている怪獣。そこに現れたもう1頭が、何をしているのかと尋ねるが、全く無視される。殴っても押し倒しても転がしても、まったく反応がない。そのうち悲しくなってきて、自分も泣きながらリンゴをかじる。

『怪獣残酷物語』
海岸で戦う2頭の怪獣。聞こえるのは体がぶつかり合う音と、どこか悲しげに響く咆哮のみ。そして戦いの真っ最中、突然カットが変わる。怪獣は画面から消えており、海岸に立てられた2つの十字架だけが映し出される。

それにしても、と僕は思う。これだけ自由に番組が作れたら、さぞかし楽しいに違いない。"本当はやりたいんだけれど、予算がつく通常の番組ではやれないこと"、そういったことが『ウルトラファイト』には詰め込まれているんじゃないだろうか。そんな裏事情を想像しながら見れば、また違った楽しみ方ができるというもの。それは子どもにはできない、レベルの高い鑑賞方法だ。みなさんも脳が溶け出さない自信がついたら、一度『ウルトラファイト』の世界を体験してみてはいかが。