明けの明星が輝く空に

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第32回:失われゆく(?)技
2012年08月31日

【written by 田近裕志(たぢか・ひろし)】子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】『ダークナイト・ライジング』を観た。『プロメテウス』も観ないと。他に『遊星からの物体X』、『バイオハザード』、アメリカ版『ゴジラ』の新作もあるらしい。最新のCG映像がどんなもんか、見せてもらおうじゃないの。
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東京都現代美術館正面.jpg東京都現代美術館で、特撮ファンの心を震わせる展示会が10月8日まで開かれている。その名も『館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技』だ。庵野秀明とは、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野監督。CG登場以前の特撮技術が失われていくのを残念に思う庵野氏が、平成ガメラシリーズの樋口真嗣監督らと話し合う中で、この企画が生まれたそうだ。






幅60cm高さ40cmの部屋.jpg
主な展示品は、特撮映画などで使用された宇宙船やロケット、民家などのミニチュアの数々。流星人間ゾーンやトリプルファイターといった、かなりマニアックなヒーローのマスクや、ゴジラやガメラという2大怪獣スターの着ぐるみも間近で見られる。そしてこの展示会には、もう1つ大きな目玉があった。樋口監督が今回のためにメガホンを取った短編映画『巨神兵東京に現わる』だ。巨神兵とは、あの宮崎駿が漫画『風の谷のナウシカ』に登場させた巨大な人工生命体。紛争の調停者として生み出され、旧世界の文明を七日間で焼き尽くした。そんな巨神兵がある日突然、現代の東京に出現する。これが『巨神兵東京に現わる』の基本設定だ。
                          
                                                  幅60cm高さ40cmの部屋 

指示をする樋口監督(パネル).jpg上映時間約9分のこの映画に、CGは一切使用されていない。空から降下してくる巨神兵も破壊される東京の街も、コンピューターの中の仮想空間なら映像化は簡単だろう。しかしそれでは、特撮現場における職人技術のすばらしさを知ってもらおうという、今回の展示会の企画意図に反してしまう。従来どおり、ミニチュアなど実体があるものを使って撮影することに、意義があるのだ。その作業は、「先輩達が試行錯誤を繰り返した末に、新たな技術を開発し新たなイメージを手に入れた道程を、もう一度たどってみようという試み」(樋口監督)でもあった。


指示をする樋口監督(パネル)

CG以前の手法を採用するといっても、"昔は良かったね"とただ懐かしんでいるだけなどと勘違いしてはいけない。樋口監督の言葉からわかるように、「新しい技術」と「新しいイメージ」を手に入れようという前向きな姿勢が、この映画製作の根底にあるのだ。具体的な例をいくつも紹介するとネタばらしになってしまうので、ここで触れるのは1つ、巨神兵の動きに関する話だけにしておこう。

若い来場者も多かった.jpg従来、ミニチュアセットで暴れる怪獣などは、スーツアクターが着ぐるみに入って演じたが、今回は全く異なる方法が使われている。巨神兵は人間離れした細身の体に長い手足を持っているため、着ぐるみでは無理があるのだ。そこでパペット、つまり人形(人間大)が使われることとなる。通常パペットは、マリオネットのようにピアノ線で釣って動かす。しかし今回は、演じる人間の動きがそのまま再現できるロッド方式が採用された。巨神兵とその後ろに立つ演者の手足や頭が、ロッドと呼ばれる操作棒で連結され、演者が歩けば巨神兵も歩き、演者が首を右に向ければ巨神兵も首を右に向ける。このロッド方式なら、より自然な動きが出せるという。そうして着ぐるみには適さない体形を持つ巨神兵が、マリオネットでは難しい自然な動きを見せるという、特撮映像における「新しいイメージ」が現出することになるのだ。(合成技術を使い、演者とロッドが映像から消されることは言うまでもない)

ビルの裏を見ると、こんな文字が.jpg『巨神兵東京に現わる』の特撮映像はメイキングの種明かしを聞いたとき、「あれもミニチュアだったの!?」とか「あそこはCGだと思ってた」と、つい口に出してしまいそうなものが目白押しだ。昔の特撮作品に思い入れのない人であっても、東京が破壊される迫力満点のシーンにはついつい見入ってしまうに違いない。「昔ながらの手法でもここまでやれるんだ」ということを示してくれた樋口監督と現場スタッフに、僕は心から拍手を贈りたい。





ビルの裏を見ると、こんな文字が

ただしリアルさという点に関しては、CGが今後さらに質を高めていくことに疑いの余地はないだろう。予算の面からしても、古い特撮技法が活躍の場を奪われるのは時代の流れなのかもしれない。そう考えると、今回のような展示会が開かれるのは非常に意義深いことだし、それを見に行けたことは幸せなことだった。今回の展示会は、常設の特撮博物館ができないかというところから始まったらしい。財団化するのに何億もかかるなど様々な困難があるそうだが、いつか(僕が生きているうちに)それが実現することを祈ってやまない。