第11回:初めての"メレ・カリキマカ"
2010年12月22日
ハワイでの生活を始めてから間もなく、最初の12月がやってきた。毎日バタバタと忙しい日々を送っていたが、気がつくとヒロの町は、すっかりクリスマスカラーに染まっていた。アメリカ本土から遙か遠い太平洋の真ん中の常夏の島にも、クリスマスはやって来るようだ。どうやら、日焼けしたサンタさんがサーフボードに乗ってくるらしい(笑)。
町中の家々は創意工夫されたカラフルな飾りつけでライトアップされ、それは美しい。大きく開いた窓の周囲は色とりどりのライトが点滅し、その窓からは部屋の中の大きなクリスマスツリーが見えた。今でこそ日本でも、家庭での華やかなクリスマスの飾り付けがテレビ中継で流れるが、1970年代の日本では、そんな光景はほとんど見られなかった。当時の私にとってはまだ珍しく、町中に夢が溢れるようだった。ヒロはわずか4万人の小さな町だが、毎年クリスマスの飾りつけコンテストが行われ、その結果が新聞に発表されるほど、デコレーションに力を入れる。日が落ちると受賞者の家の周囲には、眺めに来る見物の車が後を絶たなかった。
そんなワクワクムードが溢れる中、ハワイに移り住んで間もなかった私たち夫婦は、町の地理もほとんど分からないまま、クリスマス・イブの様子を見ようと車で町へ繰り出した。10分、20分・・・クリスマスムードを求めて当てもなく車を走らせる。そのうち、ある通りに大勢の人が集まっているのが見えた。教会だ。やって来た人々は次々に明かりの灯った教会の中に入っていく。どの人もクリスマスの礼拝用に美しく着飾っていた。
ハワイの教会では一体どんなクリスマス礼拝が行われているのか、強烈な好奇心がムクムクと沸いてきた。外からチラッとでも中を覗けるかと思い、車を道路わきに停め教会の方へ近づいていった。何しろ全く事情が分からないので少々ビクビクしながら・・・。
するとドアの中から牧師さんらしき人がサッと出てきて、突然私たちの手を引いた。「Please come inside. Don't hesitate」(どうぞ中にお入りなさい、遠慮などなさらずに) "えっ、中に入るの?遠慮も何も、そんなつもりは全くないんだけれど・・・"と言いたかったが、すぐには英語が出てこない。拒むこともできず言われるまま教会のドアをくぐり、私たちは一番奥の席に座らされた。右も左もローカルの人たち。もう逃げられない。ここまできたら覚悟を決めて、礼拝が始まるのを待った。
しばらくすると、クリスマス礼拝が始まった。キリスト教徒ではないが、アメリカでのクリスマス礼拝を経験するのもいいじゃないか。少しぐらいの英語ならなんとかなる、とタカをくくっていた。
ところが・・・だ。牧師さんが話す言葉が分からない。一言も分からないのだ。戸惑っているうちに、周囲の人は前のテーブルに置かれていた聖書を取り上げた。私たちもあわてて聖書を手にするが、どのページか分からない。すると隣に座っていたおばさんが、英語でページ数を教えてくれた。開いてみるとそこには賛美歌が出ている。メロディは良く知っているが、歌詞は全く見慣れない言語だ。
そこで、はたと気づいた。きっとここではハワイ語で礼拝が行われているのだ。
当時知っていたハワイ語と言えば「アロハ」ぐらい。チンプンカンプンの礼拝は緊張のあまり、まるで永久に続くように感じられたが、実際には1時間ほどで終わった。ホッとしながら教会を出る時、牧師さんが私たちにある言葉をかけてくれた。
それは「メレ・カリキマカ」。ハワイ語で「メリー・クリスマス」だった。
何も知らずに入った教会はハイリ・チャーチと呼ばれる、ハワイ島で最古の教会。現在でも礼拝は英語とハワイ語の両方で行われている。
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【written by 扇原篤子(おぎはら・あつこ)】1973年から夫の仕事の都合でハワイに転勤。現地で暮らすうちにある一家と家族のような付き合いが始まる。帰国後もその 一家との交流は続いており、ハワイの文化、歴史、言葉の美しさ、踊り、空気感に至るまで、ハワイに対する考察を日々深めている。
【最近のわたし】12月の「師走」の声を聞いただけで、何だかせわしい日々が始まった。健康に1年を過ごせたことに感謝。来年もまた、ほんの小さな1歩でも前に進める年にしたい。