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第23回:存在しないはずの音
2011年12月02日

【written by 田近裕志(たぢか・ひろし)】子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】河口湖でフルマラソンデビューを果たした。目標タイムは4時間半で、結果は4時間35分弱。根拠なく設定した目標の割には、現実的だったようだ。
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マンガの世界には、実際には聞こえない音が存在するらしい。ショックを受けた時の「ガーン」や、目の前に強大な敵が立ちふさがった時の「ゴゴゴゴ」など、誰でも一度は目にしたことがあるだろう。けれど、どこで何が出している音なのか説明できる人はいない。それは当然と言えば当然だ。なぜなら、「ガーン」や「ゴゴゴゴ」は"音"ではないのだから。

日本語には擬音語と擬態語というものがある。前者は足音の「コツコツ」や戸を叩く「ドンドン」など、実際の音を文字化したもの。後者は緊張を表す「ドキドキ」とか心配する気持を示す「ハラハラ」など、様子や心象を表したもの。通常「ガーン」は何かを叩いた時の音、「ゴゴゴゴ」は地鳴りなどを表わす擬音語の類なのだが、マンガでは擬態語として使われていると解釈すべきだと思う。

映像作品にも、こういった擬態語的な効果音が使われることがある。ここではそれを仮に、擬態音と呼ぶことにしよう。その例としてわかりやすいものは、ショッキングな場面に響く、ピアノの腱板を勢いよく叩いた音。これはまさに、マンガの「ガーン」と同じだ。一説には、マンガのほうが映像作品内の効果音に影響を受けたとも言う。

擬態音は、特撮番組でより多く使われている気がする。例えば『仮面ライダー』の変身シーン。まず主人公が右手を体の左前方に上げてポーズをとると「ヒュイィィィーン」。その手をゆっくり右に回すのに合わせて「ジャララララー」。そしてそれを下げると同時に、左手を上げれば「ズォォォォー」。文字で表わすのに一苦労するような音が続く。必殺技ライダーキックが繰り出される際にも、文字にはしにくいようなユニークな効果音が毎回入っていた。

ウルトラヒーローの光線技や、人間が使用する光線銃の効果音は「ピー」や「ビビビビ」というものが定番だ。あまりにも定番なので、光線は音がするものという思い込みが僕の中にはしっかりと出来上がってしまった。現実には、光線は光だから音などするはずがない。将来光線銃が開発されても、それは無音なのだろう。だけどそれでは、僕にとって懐中電灯と大差がない。もし僕が光線銃を撃つ機会があったとしたら、口で「ピー」と効果音を出してしまうのではないだろうか。

『ウルトラマン』には、無重力空間の音というものもある。あえて文字にすれば「ムォンムォンムォン」と少しくぐもった音。登場人物らが無重力空間に放り込まれ、身動きの取れない苦しさ。そういった感覚を、この効果音はうまく伝えている。さらには、音が聞こえないはずの宇宙空間にも音が。「ドゥルルルルー...ピーン、ポーン、プーン」と静かに余韻を残して響く寂しげな音。果てしない宇宙の神秘性がよく表わされていると思う。この効果音も、僕の中にしっかりと根を張ってしまっている。そしてもし僕が宇宙飛行士だったら?ロケットの操縦席に座って星々を眺めながら、自分の口でこの効果音を再現しているに違いない。