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第35回:声も重要な要素
2012年11月29日

【written by 田近裕志(たぢか・ひろし)】子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】11月25日に第1回富士山マラソン参加。この大会の売りは、"日本一トイレが多い"だそうだ(笑)。でもそれ以上に、富士山と湖の景色に紅葉まで楽しめて、たぶん日本一美しいコースではないかと思う。
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『スター・ウォーズ』シリーズの新作が制作されるそうだ。楽しみだと感じる反面、「ダース・ベイダーのいない『スター・ウォーズ』に何の魅力が?」と僕なんかは思ってしまったりもする。

『スター・ウォーズ』と言えば、やっぱりダース・ベイダーだろう。黒のスーツとマントに包んだ身長2mという巨躯。堂々と威厳に満ちた態度。そんじょそこらの安っぽい悪役とは一線を画していた。そして忘れてはいけないのが、俳優ジェームズ・アール・ジョーンズが担当した、重低音で響くあの声だ。学生時代に芝居をやっていた僕にとって、ダース・ベイダーの声は憧れだった。"As you wish."や、"Come to the dark side of the power."といった台詞を、何度風呂場でマネしたことだろう。僕はその後、曲がりなりにも放送通訳という仕事に携わり、自分の声がテレビから流れるようになった。そして学生時代を思い出し、秘かにダース・ベイダーの声を目指して発声練習したものだ。

そんなダース・ベイダーも、日本語版ではかなりイメージが違う。吹き替えは、『科学忍者隊ガッチャマン』の南部博士や『ハクション大魔王』のハクション大魔王の声を演じた声優、大平透氏。『マグマ大使』では悪の親玉ゴアの声も演じているから、悪役の雰囲気という点では十分なのだが、どこか安っぽさみたいなものを感じてしまう。今にもダース・ベイダーがハクション大魔王よろしく猫背になって、マスクの下から「グフフ」と笑い声が漏れてきそうなのだ。

だけど20数年前に、『スター・ウォーズ』が初めてテレビで放映された時、日本語版ダース・ベイダーの声は違っていた。演じたのは俳優の鈴木瑞穂氏。オリジナルほど重厚な響きはないが、品格を感じさせる声質と語り口が印象的だ。僕はこの鈴木版ベイダーが好きなのだが、どういうわけかテレビ以外では聞けないらしい。鈴木版は大平版と比べると、悪役っぽさが足りない気がするので、そのあたりが理由なんじゃないだろうか。

声が印象的といえば、『ウルトラマン』に登場するメフィラス星人。声優は『巨人の星』の星一徹役で知られる加藤清三氏だ。ジェームズ・アール・ジョーンズのように重低音が響くというわけではないが、あの声には子供たちを震え上がらせる威圧感がある。なんせちゃぶ台を引っくり返す頑固親父に、これ以上の適役はいないというぐらいの声なのだ。ただしメフィラスは、武力行使せずに地球を手に入れようとした知性派タイプの宇宙人。ウルトラマンと互角の戦いを演じた上、「よそう。宇宙人同士が戦っても仕方がない」と自ら戦いをやめて宇宙へと帰ってしまう。その引き際のスマートさは、頭に血が上って暴れまくる凶暴宇宙人たちとは明らかに違っていた。でも、もし声の質もその設定に合うものだったら...。そう考えると少し残念な気がする。ちなみにメフィラスは、ウルトラシリーズ45周年を記念して発表された、怪獣・宇宙人の人気ランキングで15位。声がもっとスマートだったら、トップ10も夢ではなかったに違いない。

人気ではメフィラスに次ぐ16位にランクされているのが、『ウルトラセブン』のメトロン星人だ。このブログの第7回と第8回で取り上げた実相寺昭雄監督には、「長靴のお化け」と形容されてしまったが、実は姿に似合わない甘い声の持ち主で、話し方も知的だった。メフィラス同様に知性派タイプであるこの侵略宇宙人の声を担当したのは、ドラマ『特捜最前線』のナレーター、中江真司氏。特撮ファンには、『仮面ライダー』のナレーターと言った方がわかりやすいだろう。「本郷猛は改造人間である」で始まる番組オープニングのナレーション、あの声が中江氏だ。メトロン星人が登場する回はシュールなちゃぶ台のシーンが有名だけれど、そのしゃべりと見た目とのアンバランスさも、不可思議な映像空間を生み出すのに一役買っていた。

果たして新作の『スター・ウォーズ』には、ダース・ベイダーのように魅力的な声を持ったキャラクターが登場するだろうか。実は、ひとつ心配なことがある。それは映画を制作するルーカスフィルムが、ディズニーに買収されたという点。まさかとは思うけれど、映画が始まってみたら、世界で一番有名なネズミのような声が劇場内に響き渡った・・・。こんなことがないよう祈りたい。