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第40回:ウルトラマンのスーツアクター・古谷敏
2013年04月25日

【written by 田近裕志(たぢか・ひろし)】子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている。
【最近の私】恥ずかしい話だが、温泉で熱中症になってしまった。あれがもし、湯船の中だったらと思うとゾっとする。適切な処置をしてくれた友人に、ただただ感謝。
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ウルトラマンが、実は吐き気に耐えながら怪獣と戦っていたのをご存知だろうか?

もちろん、これは劇中のウルトラマンではなく、ウルトラマンのスーツアクター、古谷敏のことだ。マスクとスーツを着用しての長時間の撮影は、想像以上に過酷なものだったらしい。手袋やシューズの中には汗がたまるほどで、軽い熱中症にもなったという。撮影の合間には人目に付かない場所へ行き、胃の中の物を戻していたそうだから壮絶だ。

こんな裏話は、テレビ画面を見ているだけでは分からない。そういった意味で、貴重な資料となるのが古谷氏の自伝『ウルトラマンになった男』(小学館)。この本を読んでまず印象に残ったのは、彼が他の俳優たちを羨望の眼差しで見ていたというくだりだ。『ウルトラマン』には科学特捜隊という特殊部隊が登場するが、そのオレンジ色の衣装が彼には金色に輝いて見えていた。特撮ファンの僕などは、ウルトラマンのスーツアクターなんて夢のような仕事だと思ってしまうが、当時、古谷氏は東宝の若手俳優。映画スターを夢見ていた彼には、顔出しで演技をする隊員役の俳優たちが、うらやましくて仕方がなかったのだ。

そんな古谷氏の夢は、憧れの俳優、宝田明が主演したようなメロドラマに出ること。そして、それは意外と早く実現する。アマギというウルトラ警備隊の隊員役で出演した、『ウルトラセブン』。その第31話、『悪魔の住む花』では、ある少女(演じるのは当時16歳の松坂慶子!)が宇宙細菌に感染する。彼女を何とか助けてくれるよう、医師らに懇願するアマギ。その演技は熱演という言葉がふさわしい。一方、花畑でのラストシーンでは、抑えた演技で優しさをにじませる。実はアマギ隊員と少女の間に、恋愛と言えるような関係性はなく、『悪魔の~』は"メロドラマふう"でしかなかったのだが、当時の古谷氏にはそれで十分だった。もらった台本をドキドキしながら読んだというし、ラストシーンの撮影日は、朝から気持ちが高ぶっていたとも述懐している。

しかし、僕の心に残るアマギの姿は他にある。それは、第28話『700キロを突っ走れ!』だ。アマギは主人公のモロボシ・ダンと組み、荒野を車で走り抜けるラリーの大会に出場する。それは新規開発の超高性能火薬を、秘密裡に運ぶため。アマギには、少年の頃に見た花火工場の爆発事故がトラウマになっていたが、逃げ出したくなる気持ちを抑え、なんとか任務を遂行していく。そんな中、車に仕掛けられた時限爆弾を発見。彼はその処置を命じられる。自分にはできないと訴えるアマギ。キリヤマ隊長はその顔に平手打ちをくらわし、「命令だ」と冷たく言い放つ。もちろん、これはアマギがトラウマに打ち克てるようにという親心からだ。結局アマギは、時限装置の解除に成功するとともに、恐怖心を克服し、無事に任務を終えた。

どちらかと言えば、いつも少し頼りないイメージのアマギ隊員が懸命に困難に立ち向かう姿は、見る者の胸を打つ。そしてそれは、ウルトラマンのスーツを着て奮闘した、古谷氏本人の姿にも重なってくる。撮影現場でのあまりの辛さに、彼は何度もやめたいと思ったそうだ。しかし、ウルトラマンがいかに子どもたちに夢を与えているかを知り、古谷氏は最後まで不平や不満を言わず、仕事をやり切った。

『ウルトラセブン』出演後、古谷氏はイベント運営会社を設立。俳優業からは引退した。他の人物を演じる姿を見ていないこともあり、僕の中では今も「古谷敏=アマギ隊員」だ。だからウルトラマンの中には、あの気弱なアマギが入っているように感じてしまう。過酷な撮影現場で奮闘するアマギ隊員。『ウルトラマンになった男』を読み終えた今、なんだかウルトラマンがいとおしい存在に思えてきた。今度『ウルトラマン』を見るとき、僕は心の中でこう応援するだろう。頑張れウルトラマン、頑張れアマギ。そして、頑張れ古谷敏。