第50回:ダンはきっと帰ってくる
2014年03月05日
【written by 田近裕志(たぢか・ひろし)】子供の頃から「ウルトラセブン」などの特撮もの・ヒーローものをこよなく愛す。スポーツ番組の翻訳ディレクターを務める今も、初期衝動を忘れず、制作者目線で考察を深めている<br>【最近の私】このブログを始めて、はや4年。第50回という区切りにふさわしい内容を選び、いつ
もの3倍、ネタ帳のページを費やしました。原稿書きながら、何度も目が涙で...。BGMについて触れられなかったのは残念。--------------------------------------------------------------------------------------
「西の空に明けの明星が輝くころ、一つの光が宇宙へ飛んでいく。それが僕なんだよ」。モロボシ・ダンは、自分がウルトラセブンであることを明かした後、こう言ってヒロインに別れを告げた。前後編2回に渡って放送された『ウルトラセブン』最終話、「史上最大の侵略」でのワンシーンだ。
僕は以前、ウルトラマンを"満開の桜"に、ウルトラセブンを"散る桜"にたとえたことがある(このブログの第2回「満開の桜より散る桜」参照)。『ウルトラセブン』という作品には、どこか哀しさが漂う。それが、舞い散る桜の風情に似ていると感じたからだ。僕の心情に一番影響しているのは、この「史上最大の作戦」かもしれない。ざっとストーリーを説明しておこう。
地球上での度重なる戦いで、体にダメージが蓄積したセブン。モロボシ・ダンの姿でウルトラ警備隊の任務についているとき、意識が朦朧としてミスを重ね、宇宙船の地球侵入を許してしまう。夜、自室のベッドでうなされていると、"セブン上司"の姿が枕元に浮かび上がり、「これ以上変身して戦えば、2度と故郷の星へ帰れなくなる」と警告を受ける(第34回「"セブン上司"再評価の時」参照)。そんな状況で、宇宙人による地球規模の侵略が始まった。そして、仲間の一人が捕らわれてしまう。ダンは精密検査をすすめるヒロインに正体を明かし、制止を振り切って戦いへと向かった。ところが、セブンに変身したものの体が思うように動かず、何度も怪獣に叩き伏せられる。しかし、一瞬のスキをついて逆転。そのままよろめきながら立ち上がり、明け方の空に光となって消えていく。まるで、星になって宇宙へ帰っていくかのように...。
これほどドラマチックなストーリー展開の特撮番組は見たことがない。"ウルトラシリーズ最高峰と呼ばれる理由として、最終回の存在は大きい"と評されるのも、分かってもらえるだろうか。ファンの間で語り継がれるヒロインとの場面など、"凡百のラブシーンを超えた"とまで言われている。だけど僕は、この最終回が特別な点は、もっと本質的なところにあると思っている。それは、ヒーローとの"心の触れ合い"と"別れ"だ。
正体を告白されたヒロイン、アンヌ(第19回「アンヌへのラブレター」を参照)は、ダンに言う。「人間であろうと宇宙人であろうと、ダンはダンに変わりないじゃない」。それに対してダンは、「ありがとう」と答える。正体を明かした以上、これはダンとしてだけではなく、セブンとしての言葉でもあるだろう。「ダン」は本来の自分ではない。いわば人間に"変身"した仮の姿だ。それでも、仲間たちと力を合わせて戦い、一緒に笑った日々は決して嘘などではない。セブンにとって、もし「ダン」を否定されたら、自分の一部を否定されることになる。しかしアンヌは受け入れてくれた。心からの感謝を込めた「ありがとう」だったに違いない。これほど真摯なヒーローの言葉は、他にないだろう。セブンとアンヌの心と心が通い合った、特別な瞬間だった。
アンヌがダン=セブンを受け入れたのは、人類の側から見ても大きな意味を持つ。「ダンはダンに変わりない」というセリフがなければ、ダンは物語の中で、さらには僕らの心の中で、宇宙人に戻り、異世界の住人になってしまっただろう。ダンという人格が消えてしまった、と言ってもいい。だけどアンヌの言葉のおかげで、そうはならなかった。そして、ダン=セブンということは、セブン=ダンということでもある。それを象徴的に表しているのが、真実を知らされたウルトラ警備隊の隊員たちの言動だ。彼らは目の前で怪獣と戦うセブンを、それまでのように「セブン」とは呼ばず、「ダン」と呼ぶようになっていた。
やがて訪れるセブンとの別れは、ダンとの別れをも意味することになる。その分、彼らの悲しみは深い。そしてその悲しみは、ブラウン管のこちら側で見ている僕らのものでもあった。(この点は、『ウルトラマン』と比較するとわかりやすい。ウルトラマンは最終回、それまで体を借りていた地球人のハヤタと分離して、地球を去っていった。つまり僕らに別れを告げたのは、ウルトラマンという宇宙人だけだったのだ。しかも彼は人間と心の交流はおろか、ほとんどコミュニケーションを取ることもない相手だった。セブンとは、そこが違う。)
ダンが去って行った空を見上げながら、ウルトラ警備隊の隊員の1人が言う。「ダンは生きている。遠い宇宙から俺たちの地球を見守ってくれるさ。そしてまた元気な姿で帰ってくる」。そして最後、空にダンの笑顔が浮かぶ。あの笑顔にもう一度会いたい。僕はそんな想いを、ずっと心のどこかにしまい、大事に持ち続けてきた気がする。きっとそれは、いつまでも消えることはないだろう。