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「Y's Land Bar IAN」:琥珀色の"生命の水"を味わわせてくれるバー
2012年04月20日

【written by 梶尾佳子】好きなものは映画とお酒と睡眠。ワインは1~2杯で眠くなるのに、なぜかウイスキーはストレートでもいける体質の持ち主。
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「世界は、女と男と酔っ払いで廻っている」こんなキャプションとともに、2002年に公開された日本映画「オー・ド・ヴィ」。オー・ド・ヴィとは蒸留酒のことで、フランス語で「生命の水」という意味だ。その名の通り、観た後に強いお酒を飲んだような気分にさせてくれる作品だ。

主人公の順三郎は函館のバー"フィニステール"のバーテンダー。毎晩常連客に酒を出しながら、彼も自身がこよなく愛するオー・ド・ヴィを飲むことで、日々の憂鬱を紛らわせていた。そんな中、浜辺で全裸の女性が幸せそうに微笑みながら死体で見つかるという事件が起きる。

この作品はとにかく登場人物が魅力的だ。順三郎を演じるのは岸谷吾郎。感情はあまり出さないが、逆に淡々とした表情でじっくり酒を飲んでいる姿は、観る方にもその味わいが伝わってくる。順三郎といつも一緒に酒を飲むのは、寺田農演じる酒店の店主。「死んだらその体を蒸留して酒にしてやろうか」と順三郎に言われるほどの酒好きで、店の裏でじゅんさいや、犬の尿がかかったタンポポなど、色々と変わった物を材料にして蒸留酒を造っている。他にも順三郎の共同生活者あやこは熟女としての妖艶な魅力を放ち、仏料理店の見習いで次第に順三郎と惹かれあうヒロミは、可憐ながらどこか危うくて目が離せない。個性の強い登場人物たちと不可思議なストーリーが、美しい函館の映像にうまく溶け込み、まるで作品自体が味わいのある一杯の蒸留酒のようだ。

DSC_0276.JPG三越前の駅から徒歩3分のところにある「Y's Land Bar IAN」は、蒸留酒の代表であるウイスキーを中心に扱うバーだ。シングルモルトの品揃えが豊富と聞いて行ってみると、地下2階にある黒い入口の扉の奥には、琥珀色のボトルがずらりと並ぶ棚があった。



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注文はメニューの中から好きなものを頼んでもよいが、知識が豊富なマスターに選んでもらうのもおすすめだ。今回はシングルモルトの聖地、イギリスのアイラ島のものにターゲットを絞って出してもらった。アイラモルトはピート(泥炭)をふんだんに使って香り付けしてあり、癖もあるがそのスモーキーな香りは慣れると病みつきになる。1杯目を飲んでいると、なんとマスターが実際のピートを目の前で燃やし、香りを嗅がせてくれた。目を閉じながらそれを嗅ぐと、遥か遠いアイラ島で作られたピートが、ウイスキーの一部になって今このバーに並ぶまでの長い過程が感じられるようだった。

DSC_0261.JPGのサムネール画像その後に出してもらったのはラフロイグ10年のカスクストレングス。ウイスキーは通常樽から出したあと水で薄めてボトルに詰められるが、カスクストレングスは薄めずにそのままボトル詰めした、いわば「原酒」だ。一口飲むと濃厚でスモーキーな味わいが口に広がる。きれいな琥珀色と先ほどのピートの香りのおかげで、何ともいえない一杯となった。



「Y's Land Bar IAN」でゆっくりウイスキーを楽しんでいると、ふと映画の中の順三郎の表情が頭に浮かんだ。映画のラストシーンで、彼がまるで体中に染み込ませるかのように味わって飲んでいた一杯は、きっとここで飲むウイスキーのような味だったのではないかと思った。歓送迎会やお花見などお酒を飲む機会が多い時期だが、久々にお酒を「味わって楽しむ」ことを思い出させてくれたお店だった。

★お店情報★
店名:Y's Land Bar IAN
ジャンル:バー
電話番号:03-3241-4580
住所:東京都中央区日本橋本町1-4-3 ヴィラアート日本橋B2F
交通手段:銀座線三越前駅 徒歩2分
半蔵門線三越前駅 徒歩3分
新日本橋駅 徒歩7分
営業時間:ランチタイム/月~金 11:30~14:00
カフェタイム/月~金 14:00~17:00
バータイム/月~土 17:00~00:00
定休日:日曜日

「六花界」: ひとり焼肉で改めて知る、「食事」という時間
2012年04月06日

【written by イシハラアヤ】焼き肉、もんじゃ焼等だいたいの店に一人で入れる「ひとりメシスト」。酒のツマミで一番好きなのは荒塩とスルメという根っからのしょっぱ党でもあります。
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映画『トニー滝谷』は、孤独な主人公・トニー滝谷の半生を描いた作品だ。トニーは生まれて間もなく母親が死亡。ジャズ演奏者の父親は仕事で全国を飛び回るばかりで家庭を顧みることはなかったが、自分自身を孤独だと思うことなく過ごしてきた。しかし、愛する人との結婚によって自らの孤独を認めるようになり、それと同時に、父親の音楽にも違和感を覚えるようになっていく。しかし、私には長らくこの「違和感」の正体が分からなかった。

rokkakai2.jpg「六花界」は神田駅東口近くの四畳半程の店だ。スタンディング形式で、中央のテーブルに置かれた二台の七輪を囲み、他のお客さんと一緒に焼肉をするのが特徴だ。
六花界にはいろいろメニューがあるが、初めて訪れる人には1,000円の盛り合わせがオススメ。肉はどれも新鮮でホルモン以外の肉は少々炙る程度で食べられる。また、つけだれは程良い酸味とコクのあるポン酢ダレで、肉が無くなった後も良い酒のアテになるそうだ。飲み物は一律400円、日本酒の種類が豊富で、レアな銘柄に出会えるかもしれない。

rokkakai1.jpg「それでは皆さん、カンパーイ!」という風に、店では全員で乾杯する。新しいお客さんが入るたびに何度も乾杯しているせいだろうか、ひとりで訪れた私だったが、いつの間にか初対面の隣の人や向かい側の人と雑談し、帰る頃には「また今度!」と言って店を出た。

その数日後、私は別の店でひとりで食事をした。読書や考えごとをして充実した時間だったが、この日は少しだけ寂しいと感じた。孤独を認めたトニーが父親の奏でる音楽に今までと違う側面を見いだして違和感を抱いたように、私も六花界で人と食事をする新しい楽しみを知り、それによってひとりの食事に対する思いが変わったのかもしれない。

音楽も食事も、新しい感覚を通すと今までに無い感じ方ができるようになる。ひとりの食事が苦手な人も、私のようにひとりで食べること好きな人も、六花界に行くと、「食」の時間に新たな側面を発見できることだろう。

★お店情報★
店名:六花界
ジャンル:居酒屋
電話番号:03-3252-8644
住所:東京都千代田区鍛冶町2-13-24
交通手段:JR神田駅から徒歩1分
営業時間:17:30~24:00
定休日:日曜、祝日